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第56話 夏の花火と恋占い

「人前でイチャつくなんて良い度胸してますね」

「良い度胸してますね」


 ザワザワと賑やかな街の中、涙を拭う日野の頭を撫でていると、突然声をかけられた。グレンはハッとして日野から体を離し、声のした方を見やると、ビニール袋の中でヒラヒラと泳ぐ金魚を持ったアイザックと、その上で肩車されているハルがこちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。バツが悪そうにそっぽを向くグレンを余所に、アイザックは顔を赤らめた日野へと近付く。


「お祭り、来て良かったでしょう?」

「は、はい。ありがとうございます」

「今から花火が上がりますから、みんなで見ましょう」


 そう言ってアイザックは噴水のある広場の方へと向かって行った。日野とグレンは目を合わせると、お互いに気恥ずかしそうに目を逸らす。行くぞ、とグレンが声をかけると、どちらからともなく手を繋いで、アイザックの後について行った。




 人が集まる噴水広場。辺りに遮るものが少ないこの場所が、一番花火が綺麗に見える。医者の街だけあって、集まった人の中には患者らしき人がちらほらといるようだ。


 アイザックに追いついた二人が合流すると、ヒュルルル……と高い音が街中に響き、日野は空を見上げる。すると、星の瞬く夜空に大きな破裂音を立てて一発目の花火が咲いた。


 開始の一発の後には次々と連続で花火が打ちあがっていく。七色に咲き乱れるその美しい姿に目を奪われ、ドンドンと響く破裂音が心を震わせた。


「この世界にも、花火があったんだ……」

「お前が元いた世界でも、祭りや花火があったのか?」

「うん。でも殆ど行ったことが無かったし、こうしてみんなで一緒に花火を見たのは初めて」


 そう言って、うっとりと空を見上げる日野の瞳の中に花火が咲く。破裂音が響く度に照らされるその横顔が、一瞬だけ過去の記憶を蘇らせ、グレンは目を見開いた。


 ……やっぱり、あの人に似ている。


 傍にいて欲しい。離したくない。短い時間しか共に過ごしていない日野に対して、特別な気持ちを抱いたのは間違いなかった。しかし、ふとした瞬間に、彼女と重なり頭の中に過去の情景が蘇る。


 もう忘れた筈の、あの人の記憶……その記憶を振り払うかのように左右に頭を振ると、グレンは再び空を見上げた。日野と繋いだ手に力が入る。すると、日野の小さな手がキュッと握り返してきた。


 ……きっと、今日のこの夜空を忘れない。


 日野とグレンは、大輪の花火が咲き乱れる空を見つめながら、その光景を忘れないよう胸に刻んだ。






 人々が一様に空を見上げる街の中、日野達の近くでハル、アル、アイザックも花火を楽しんでいた。肩車をされて高い位置から花火を眺めていたハルが、肩の上からコソコソとアイザックに耳打ちする。


「ザック先生」

「んー? どうかしましたか?」

「うまくいったのかな? あの二人」

「ええ。今のところ、うまくいったようですね」

「そっか。良かった良かった」


 そう言って、ハルは安心したようにアイザックの頭に顎を乗せた。昼間のリハビリのせいで疲れて眠くなってきたのか、大きな目は少しウトウトと閉じかけている。


 ハルなりに気を遣ってのことだろう、日野とグレンの傍にいても良かったのに、二人の元を離れ、苺飴を頬張りながら現れた時は驚いた。面倒見が良いのは生まれ持っての性格なのか、それともグレンに似たのか……そんなことを考えながら、アイザックは肩の上からハルを下ろし、少し残った苺飴を受け取ると、ウトウトと意識を失いかけているその小さな体を背中に背負い直した。


「おやすみなさい」


 すやすやと寝息を立て始めたハルにニッコリと微笑むと、アイザックは再び空を見上げる。打ち上がる花火に、いつかみんなが、青い本のしがらみから解放され、穏やかで幸せな時を過ごせる日が来るようにと静かに祈った。




◆◆◆




 冷えた部屋の中、温かいココアの入ったカップを眺めながらルビーはソファーに座っていた。今は刻がどこかへ出かけていて、お留守番中である。隣では、ローズマリーが何やら真剣に雑誌を読んでいた。そんなに顔に近付けて読んだら目が悪くなるのではないかという距離で雑誌を見つめるローズマリーはわなわなと震えている。


「……あのさ、どうしたの?」


 さっきから聞いて欲しいと言わんばかりに震えているローズマリーに、観念したようにルビーは声をかけた。


「ルビー……占い、好き?」

「占い? よく分かんないけど……それがどうかしたの?」

「……刻の……刻の、今月の刻の恋愛運がとっても良いの!! 見てこれ!」


 そう言って、ローズマリーが目を潤ませながら勢いよくルビーに開いたページを見せた。恋愛運? なんだ、そんな事かと呆れた顔でルビーが雑誌を見るが、なんと書いてあるのかあまり読めなかった。ルビーが首を傾げていると、それに気付いたローズマリーがゆっくりと書かれている文章を読み上げる。


「ここを見て。今月の恋愛運は絶好調……恋のキューピットが現れるでしょう……ラッキーカラーは赤、なのよ!?」

「ああ、そう書いてあるんだ……それがどうかしたの?」

「どうもこうもないわ! 一大事よ……こんなに恋愛運が良くて、刻に彼女が出来たらどうするのよ!! ハッ……まさか、もう好きな人がいたりして……ああああもう何も手につかない!!」


 しくしくと泣き出したローズマリーは、雑誌をバサリとテーブルに置くと、そのままソファーに項垂れた。初めて会った時から好きなんだろうなとは感じていたが、やはりそうなのか……たかが占いくらいで、大人でも意外とこんな風に悩むんだな、と項垂れるローズマリーを眺めていると、ガチャリと鍵を開ける音がして、刻が帰ってきた。その音に一瞬で反応し身なりを整えたローズマリーが刻を迎えに行く。


「刻、おかえりなさい」

「ああ」


 部屋に入って来た刻は、ルビーが室内にいることを確認すると、出掛けるぞと言って踵を返した。ローズマリーとルビーは目を見合わせると、サッサと一人で出て行ってしまった刻を追いかける。


 ホテルの扉を開け、ガラス張りの螺旋階段へ出ると、刻の後をついて来た二人は目を見開いた。暗い湖の中を七色のライトがゆらゆらと照らし、水の中を魚達と一緒に人魚が泳いでいる。それはとても幻想的で、美しかった。


「人魚だ!! なにこれ!? 刻、見てよ! 人魚!」

「噂には聞いていたけれど、お祭りって今日だったのね。とっても綺麗……」


 そう言って、ガラスの向こうの世界に感動する二人を余所に、刻はスタスタと階段を登っていく。置いて行かれている事に気付いた二人は、ハッとして再び刻を追いかけた。三人はくるくると螺旋階段を登っていき、地上にたどり着く。受付の前を通り過ぎ、外に出ようとした時、まだ水中を眺めていたかったルビーは、頬を膨らませながら刻に声を掛けた。


「刻! こんな時間にどこ行くの? 水の中すっごく綺麗だよ。まだ見たい!」

「それは明日もある。だが、こっちは今日しか無いんだ」


 振り向きもせず答えた刻が、ガチャリとホテルの扉を開けると、目の前にはいくつもの大きな花火が打ち上がっていた。夜空に咲いた花火が水面に映し出され、上を見ても下を見ても七色の光が咲き乱れている。ローズマリーに手を引かれ、ルビーも外に出る。先に外に出た刻の傍に行くと、ルビーを真ん中にして三人並ぶように花火の上がる夜空を見上げた。


 すると、ルビーはふとローズマリーと繋いでいる手を見つめた後、刻の手を見つめた。大きな手が空いている。ルビーは気付かれぬようにと、そっと刻の手に触れようとした。


「何だ」

「うぁ、え、えっと……あの……」


 しかし伸ばした手は空を切り、感の良い刻に気付かれてしまう。オロオロと誤魔化すように目を泳がせるルビーに、刻が溜め息を吐いた。刻はルビーの小さな手を繋ぐと、再び夜空を見上げる。


 繋がれた両手、見上げると刻とローズマリーがいる。生まれた街で花火が上がっても、ずっと一人で路地裏の生活をしていたため、こんな風に両親と手を繋いで見ることなんて出来なかった……二人と繋いだルビーの手に力がこもる。


 本当にこの二人が、お父さんとお母さんだったら……一瞬だけそんな考えが浮かんだことは内緒にして、ルビーは繋いだ手の感覚を忘れないように、キュッと両手に力を込めた。

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【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

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