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第53話 血液

 病院の裏口から外に出ると、星の輝く空が広がっていた。元の世界では気にもしていなかったのに、この世界に来てからというもの、見上げた夜空に何度心を奪われただろうか。


「綺麗……」


 そう呟き、二人並んで歩きながらのんびりと街中を歩く。すると、ふいにアイザックが見覚えのある古びた喫茶店の前で立ち止まった。しかし、薄っすらと明かりが漏れてはいるが、カーテンは全て閉め切ってある。こんな夜中に営業しているのかと日野は首を傾げた。


「ここは……情報屋のポールさんの喫茶店ですよね? こんな遅くに開いてるんですか?」

「はい。私が街に来た時は特別に開けてくれていて、内緒でお酒を飲ませてもらっているんです。他人の病院で飲む訳にはいきませんし、他の店に行くと煩くて……ここでしかゆっくり飲めないんですよ」


 内緒ですよ、と人差し指を立てて苦笑しながら扉を開けたアイザックについて行くと、カウンターにはニコリと微笑むポールが座っていた。


「いらっしゃい。ザック先生、お酒でいいかい?」

「ええ。日野さんはどうしますか?」

「あ、私は……あんまり強くないので。紅茶とかがあれば、それでお願いします」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 そう言って、ポールは酒と紅茶の準備を始めた。しかし、ここは情報屋ではないのか? こんなところで話をしていいのだろうか? と日野は不安げに辺りを見回す。


 すると、席に着いたアイザックが日野を手招きした。促されるままに隣に座ると、ポールが日野へ優しい笑みを向ける。


「安心しなさい。私は暫く外で雨上がりの散歩を楽しんでくるから。ゆっくり話すといい」

「お気遣いありがとうございます」


 アイザックがお礼を言うと、ポールはカウンターに酒と紅茶を置き、楽しそうに外へ出て行った。二人きりになった静かな店内に、カラカラと氷の音が響く。


 突然気まずさを感じた日野は、目の前にある温かい紅茶をすすり、フウと小さく息を吐いた。そのままユラユラと揺れる紅茶を見つめていると、隣に座るアイザックが口を開く。


「傷付けるくらいなら、離れた方が良いと思いましたか?」

「え?」

「あなたと同じように、周りの人間を傷付けない為に一人で出て行った馬鹿な男を知っているんです……日野さん。確かに傍にいればまた傷付ける可能性もありますが、あなたが出ていけば、グレンやハルはきっと悲しみますよ」


 酒を飲みながらそう話したアイザックの顔はとても寂しそうで、胸がギュッと締め付けられた。しかし、元の世界に戻る手掛かりは青い本のみ。それに近付けばまた自分をコントロール出来なくなるかもしれないのだ。


「私、これ以上グレンやハルを傷付けたくないんです。血だって珍しいって言ってたし……今回はザック先生が来てくれて助かったかもしれないけど、次はどうなるかも分からないんです。もし、グレンやハルが死んでしまったら……私……」


 そう言って俯くと、ユラユラと揺れる紅茶に、目に涙を溜めた自分の姿が映し出される。泣いてはいけないとグッと涙を堪えた。


「グレンのこと、好きですか?」

「……へ?」


 余りに唐突な質問に声が裏返る。驚いてアイザックの方へ顔を上げると、先程の寂しそうな表情は消え、優しい微笑みを浮かべていた。


「いえ、気にしないでください。でも、もしグレンの事を大切に思っていてくれるなら、彼の体の事も話しておくべきかと思いまして……」

「それって、血が珍しいって言ってたことですか?」

「ええ。グレンには話して良いと言われているので私から話しますね」


 その言葉に、日野の鼓動が速くなる。カラカラと音を立てる氷を見つめながら、アイザックはグレンについて話し始めた。


「日野さんがいた世界がどうだったかは分かりませんが、この世界では非常に稀に、一切輸血が出来ない血液型を持って生まれてくる人間がいます」

「それがグレン……ですか」


 不安げな表情で見つめてきた日野に、アイザックはコクリと頷く。グレンの血液はこの世界でも非常に珍しいそうだ。


 同じ血液型だったとしても他人の血を一切受け付けず、別の街では誤って輸血をしてしまったことによるショック死も起きているという。万が一、怪我をして血を流し過ぎた場合は、一刻も早く傷口を塞ぎ、時間をかけて自分で血を作るしかない。


 予めかかりつけの病院を決めておき、自分の血液を保存出来ていれば良いが、グレンの場合は刻を追う為に一つの街に定住していないので、それは難しい……聞かされた事実に胸が痛くなる。


 グレンはそんな素振りも見せず、いつも自分を気にして守ってくれていた。そんな彼を、私は殺してしまうところだった……煩く暴れる心臓の音を隠すように、日野は両手をグッと胸の前で押さえる。


「グレンがいつも着ている黒いコートは、彼を守る為のもの。刃物で斬り付けられたり炎の中に飛び込んだりしても大丈夫なように特殊な繊維で作られています。ただ、これにも限界がありまして……日野さんや刻のような力を持つ人間からは守れません」

「いつも暑そうにコートを着ていたのは、そういう事だったんですね……でも、それなら尚更、私はグレンの傍にはいられません……」


 そう言って、胸の前で押さえた日野の両手は小刻みに震えていた。確かに、出会った時からグレンは常に丈の長い真っ黒なコートを着ていた。


 夏なのに暑くないのかと思っていたが、何も触れずにいた。しかし、そんな理由があるのなら、そのコートすら引き裂いてしまうこの手を近付けてはいけない……思い詰めたように俯いた日野の頭を、アイザックがクシャクシャと撫でた。


「不安を増やすような事を言って申し訳ありません。日野さんには知っていて欲しかった……でも、彼は普通の人間よりは強いですし、今回の事でコートも新しく強化しましたから、あまり心配しないでください」

「でも……」

「とにかく今すぐ出て行くのはやめて、グレンの気持ちも聞いてみませんか? 明日のお祭りを楽しんでからでも遅くはありませんから」


 ふわりと微笑むアイザックのその言葉に、日野は顔を上げて首を傾げる。お祭り? この世界でも夏祭りがあるのだろうか? 元いた世界でもあまり行ったことは無いが……明日……明日までいて、グレンの気持ちを聞くのが怖い。


 こんな危ない女を傍に置けば常に死と隣り合わせだ。答えを出す事も出来ず日野が黙っていると、そこに散歩を終えたポールが帰って来た。ポールは古ぼけた扉をくぐると、いい運動になったと嬉しそうに体を伸ばしている。


「おかえりなさい、ポールさん」

「おお、ザック先生。ゆっくり話は出来たかね?」

「はい。ありがとうございました」

「色々と歩き回ってみたが、チラホラと祭りの準備が出来ていたよ。明日の夜が楽しみじゃ」


 そう言ってニコニコと無邪気な笑みを浮かべるポールがカウンターへと戻ってくる。おかわりはいるかい? と尋ねられたが、日野は首を横に振った。すると、残った酒を飲み干したアイザックが欠伸をしながら会計を済ませる。ポールへまた来ると伝えると、立ち上がった。


「日野さん、帰りましょう。グレン達のところへ」

「……はい」




 笑顔で手を振るポールの店を後にして、二人は再び星に照らされた街の中を歩く。チラホラと輝く星達の間から、柔らかな光を放つ三日月が二人を見つめていた。

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