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第48話 転生の頁

「さて、そろそろ本題だ。青い本について聞かせてもらおう。どこで手に入れ、そして貴様は何故文字が読める?」


 ひんやりと冷たい部屋の中で、甘いココアを飲みながら刻がそう言うと、ローズマリーもその話題が出るのを待っていたかのようにルビーの方を見た。真剣な二人の表情に、ルビーが身構える。まだ口の中に残った料理をゴクリと飲み込むと、ルビーは思い出すように話し出した。


「落ちてきたんだ。周りに物を落とせる場所なんて無かったのに、急に上から降ってきて……本があんまりキラキラしてて綺麗だったから開いてみたら、変な文字がびっしり書かれてた」


 ルビーは目の前に本が現れた時のことをゆっくりと思い出していく。開いた本の中には見たこともない文字が並び、元々あまり文字を読めないルビーがそれを眺めがら首を傾げていると、ヒュゥっと風が強く吹いた。バサバサと風に揺れたページが捲れる光景が頭の中に蘇る。


「私、あんまり文字が読めないから閉じようとしたんだ。そしたら風でページが捲れて、一ヶ所だけ読めるところを見つけた。なんで読めるのかは私も分からないよ」

「その読めたページに書かれていたのが、転生か……」

「うん。だから私、選ばれたんだって思った。生まれ変われるんだったら、死んだって構わないって思ったんだ」

「その割には怯えていたようだがな」


 ルビーの話を聞いた刻はそう言ってジッと何かを考えている。すると、何も言わずに話を聞いていたローズマリーが紅茶に砂糖を入れながら呟いた。


「でも不思議ね……その本、前に私も見せてもらったことがあるけど、どこも読めるところなんて無かったわ」

「前に見せてもらったって、ローズマリー知ってたの? 本のこと」

「ええ。私、刻に頼まれて本がどこにあるのかずっと調べていたのよ。それで最近、少し先の大きな病院がある街で見かけたという情報は入ったんだけど、誰が持っているのかまで分からなかった……本当は私一人で探しに行こうと思ってたんだけど、危ないからって刻が直接探しに行ってくれたのよ」


 だから私はここでお留守番、と頬に手を当ててローズマリーが照れたように笑う。危ないからなんて殺人鬼の口から出たとは思えないセリフだと内心思いながらルビーが刻の方を見ると、そんなことは気にもしていない様子で青い本をパラパラと捲っていた。ルビーは刻がそのページに書かれた文字を読んでいるような気がして、首を傾げる。


「刻も読めるの?」

「ああ、この本は元々俺がこの世界に来た時に無理矢理持ち込んだようなものだからな」

「この世界に来たって……刻は違う世界にいたの?」

「ああ、世界といっても、狭かったが……ある世界から別の世界へ転移した者は書いてある内容を全て読むことが出来る。俺も、あの女もな」


 刻がそう言うと、ルビーは金色の瞳をした長い黒髪の女を思い出した。あの人は、街で追いかけてきた人。笑うのが苦手で、足が遅くて、名前は……確か。


「ヒノショウコ……あの人、自分の名前をヒノショウコって言ってた。私もいつか全部読めるようになって、刻やショウコみたいになる?」

「さあな。読めるようになったところで良いことはない。あまり期待するな」


 ロクなことは書いていないと言って、本を見つめながら刻は小さく息を付いた。自ら望んでこの世界へやってきた。その日からずっと、ただ何かを破壊したいという衝動を抑えながら生きている。転生だって同じだろう。生まれ変わることは出来るかもしれないが、生まれ変わった後まで保証されるとは書かれていない。ルビーを殺したところで、新たな人生が幸せであると約束できる訳ではなかった。


 ぐるぐると考えを巡らせながら本の中身を見ていくが、やはり文字が読めるようになるのは転移した者だけとしか書かれていない。しかし、何かが原因となって転移した者以外が読めるようになるとするならば、やはり転生した人間と考えるのが一番納得がいく気がした。ルビーが、自分のような例外でなければ……。


「貴様が言った、本に選ばれたというのもあながち間違いではないのかもしれないな。それに、目的地に着く前に貴様が本を持ってきてくれたお陰で、探す手間が省けて助かった」

「あら? あのお医者様の街で出会ったんじゃないの?」

「ああ」

「私達が会ったのはそこから東に行った街。刻は東の街の人を皆殺しにして、建物全部破壊してた。私も投げ飛ばされたり蹴られたり、散々だったよ」


 不満げな顔でルビーがそう言うと、ローズマリーは困ったように笑っている。刻の状態について少しは理解しているつもりだが、やはり街ごと破壊するその力は何度見聞きしても毎回驚かされる。


「本を探しに行く途中でむしゃくしゃしたから殺っただけだ。何か文句あるか? それに、殺してと言ってきたのは貴様だろう。投げようが蹴ろうが俺の勝手だ」

「いや痛めつけてとは言ってないじゃん! 殺すならサクッと殺してよ!」

「同じことだ」


 涼しい顔をしてそう言った刻に、やっぱり酷い奴だと思いながらルビーが刻を睨んでいると、本を見つめていた刻が顔を上げ、視線がぶつかった。


「ルビー」

「な、何?」

「貴様、何度生まれ変わるつもりだ?」


 刻の低く響いたその声に一瞬だけ空気がピタリと止まる。いつの間にか、真っ黒だった刻の瞳が金色に変わっていた。

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