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第47話 私の名前

 テーブルの上に並んだ沢山の料理を前にして、子供は目を輝かせながらよだれを垂らしていた。赤みがかったその髪は巻かずに済んだようで、綺麗なストレートになっている。今にも飛びつきそうな子供に、隣に座るローズマリーが申し訳なさそうに笑った。


「ルームサービスでごめんなさいね。私、お菓子しか作れなくて……料理は苦手なの」

「いいよ、食べられたら何でも。ねえ、もう食べていい?」

「ああ。話は食べながらだ」


 刻がそう言ったと同時に、子供は座っていたソファーから降りて床に座ると、目の前のパスタをズルズルと食べ始める。幸せそうなその表情を眺めながら、二人も一緒に食事を始めた。すると、ローズマリーが子供の顔を覗き込む。


「そう言えば、ちゃんと名前を言っていなかったわね。目の前に座っているのが刻。そして、私はローズマリーよ。あなたのお名前は?」


 ニッコリと微笑んでそう尋ねると、子供は口一杯にパスタを頬張りながらキョトンとした顔をして言った。


「名前? 無いよ。誰かに呼ばれたことなんてないし」


 モグモグと口を動かしながら、子供はそれが当たり前であるかのようにそう答えた。誰かに呼ばれたことなんてない……産んだ親ですら、名前を呼ばなかったのか? それとも、自分の名前を知らないというよりは、最初から名前を付けられていなかったのだろうか?


 ローズマリーは一瞬だけ哀しむような顔を見せたが、それを気にする様子も無く美味しそうにパスタを食べ進める子供に再び微笑むと、何かを閃いたように人差し指を立てた。


「それなら今から決めましょう!」

「え? いいよ別に。どうせ殺される予定だし。これから死ぬのに名前なんてあっても意味ないじゃん」

「殺される予定って……でも、名前はあった方が話しやすいでしょ? せっかく出会ったんだし。ねえ刻、どんな名前が良いと思う? 女の子らしい可愛い名前が良いわよね」


 自分の名前に全く関心が無さそうな子供は、近くにあったスープをグビグビと飲み始める。


 殺される予定というのは刻に殺してもらうという意味だろうか? しかし、そうであったとしても女の子には可愛い名前が必要だ。名前を呼ばれれば呼ばれただけ幸せになれる筈なのだ……それに、殺されたがっている人間を、刻はきっと殺さない。そう思ったローズマリーは慌てて刻へ話題を振った。


 すると、もぐもぐと口を動かしながら、苺と生クリームのサンドイッチを食べていた刻がチラリと子供を見やる。


「赤」

「やだ」


 間髪入れずに却下された。至って真面目に答えたつもりだった刻は、何が気に入らない? と言いたげに子供を見る。睨み返してきたその不満げな瞳は赤く澄んでいて、まるで宝石のように光を集めてキラキラと輝いていた。


 宝石……赤い宝石と言えば何だっただろうか……少しの間その瞳を見つめていた刻が、思い出したようにポツリと呟く。


「ルビー」

「るびい? なにそれ?」

「貴様の瞳と同じ色をした宝石だ」

「そっか、そうよね。ルビーは赤く燃え上がる宝石の女王様。ルビー……うん、可愛い。ピッタリだわ! あなたは今からルビーよ!」


 そう言って、ローズマリーが嬉しそうにルビーの名前を呼びながらギュッと抱き付くと、驚いたルビーは小さく悲鳴を上げたが、そのまま大人しく抱き締められていた。その様子を、指についたクリームを食べながら、刻は何も言わずに眺めている。


 ギュッと抱き締めているローズマリーの腕に、ルビーはそっと触れた。布越しでも伝わってくる体温が温かい。ふわりと漂う甘い香りが癖になりそうだ。そして初めて呼ばれた自分の名前に、なんだか照れ臭くなった。


「あったかい」


 ふんわりと柔らかいローズマリーの腕の中。嬉しいような、切ないような、そんな甘い感覚に、ルビーは小さな声でそう呟く。青い本が引き寄せたこの出会いがルビーの運命を変え始めたことを示すように、表紙に付けられた黄色い宝石が微かに光った。

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