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第37話 壊滅

 子供は、肩で大きく息をしながら目の前に広がる真っ赤な街を見ていた。鋭いものに引き裂かれたような傷口からダラダラと血を流して、人々が道端に転がっている。東の街は、壊滅していた。鉄のような匂いを乗せた風が吹き、赤みがかった髪がそよそよと揺れる。森の中をひたすら走り続けた足は、恐怖も手伝って力なくガタガタと震えていた。


「……まだ、いるかな? ……殺人鬼……殺して、くれるかな?」


 震える足を動かし、ヨロヨロと街の中へ入ると、子供は壊れた建物の壁にもたれながら歩き出す。その後ろから、白髪の男がゆっくりと近付いて来ていることに、子供は気付いていなかった。




◆◆◆




 日野たちは結局、森の中で子供を見かけることが無いまま新しい街へと辿り着いてしまった。相変わらずどんよりとした空の下、緩やかに吹く風が異臭を漂わせる。真っ赤に染まった街を見て、三人は言葉を失っていた。


「……なに、これ。何があったの?」

「刻の仕業だよ……こんなこと出来るのは刻しかいない。こうやって、いくつもの街が潰されてるんだ。そして、街の人間は一人残らず殺される」


 そう言って、ハルは小さな拳を強く握り締め震えていた。息絶えた街の人々がそこら中に転がっている。その体から吹き出した血が辺りに飛び散り、周りの建物はその殆どが崩れていた。引き裂かれた体、鼻につく血の匂い。漫画やアニメで見るのとは訳が違う。胃の中のものがせり上がってくるのを感じ、日野は口元を押さえた。


「大丈夫か?」

「う……ん、なんとか」


 なんとか我慢は出来たが、目を疑うような光景に身体が震え、立っているのもやっとだった。今まで生きてきた世界で、辛いことも虚しいと感じることも沢山あったが、この惨状を目の前にすると、元いた世界がどれだけ平穏だったのか思い知らされる。


「ショウちゃん、まだ刻が街中にいるかもしれないから、ボクたちから離れないでね」


 そう言うと、ハルは街中へと入っていった。日野もグレンに支えられながらその後に続く。前を歩くハルが、赤みがかった髪の子供がいないか辺りを見回しながら歩いている。時折日野を気にするにように振り返り、笑顔を見せてはくれるが、その大きな瞳は、怒りと悲しみに満ちていた。




「見当たらないね……」


 そう言ってハルが立ち止まり振り返る。しばらく街中を歩いてみたが、赤みがかった髪の子供も、生きている人間もいなかった。


「あの子、大丈夫かな……」


 グレンに支えられながら、日野が心配そうにそう呟く。ほんの少しの時間しか関わってはいないが、小さな子供が一人でいると思うと心配でたまらなかった。すると、隣でグレンが小さく息を吐く。


「他人より自分の心配をしろ。街に入ってないなら、子供も本も無事だろう。森の中で見落とした可能性もある」

「でも、ボクたちより先に街に入っていたら、本は刻に取られてるかもね」

「そうだな。子供がこの街に入っていたとしたら、既に殺されてどこかに転がっててもおかしくない筈だが……あいつすばしっこいからな。もしまだ逃げ回っているのなら、今頃どこかで……」


 グレンが言いかけたその時、狭い路地から何かが飛んできた。

 ……人だ。赤みがかった髪の子供だった。地面に強く打ち付けられた子供は体を丸めて痛みを堪える。その細い腕の中には、まだ青い本が抱えられていた。


「あの子!?」


 咄嗟に子供に駆け寄ろうとした日野の腕をグレンが引っ張り、ハルが日野を庇うように前に出た。日野は、何故止めるのかとグレンとハルを見る。本に近付くと危ないことは分かっているが、放ってはおけない。しかし二人は、子供ではなく子供が飛んできた狭い路地を睨んでいた。


「ショウちゃん、下がって」

「お前は俺の傍から離れるな。ハルも……」

「ボク、自分の身は自分で守るよ。グレンはショウちゃんをお願い」


 振り返ることなく力強くそう言ったハルに、グレンは一瞬目を見開くが、わかったと答えると、再び路地を睨んだ。


「しかし、やっと本も子供も見つかったのに……厄介な奴が一緒にいるとはな」


 グレンとハルの視線の先、狭く暗い道からゆっくりと現れた白髪の男。その鮮やかな金色の瞳が、日野を捉えニタリと笑った。

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