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第30話 もっといい人生を

 グレンが振り返ると、赤みがかった髪の子供は日野から離れ警戒するようにこちらを見ていた。この子供は一体どこであの本を手に入れたのだ。アルバートの手元から消えた本は、二年間いくら探しても見つけることが出来なかった。


 それが何故今頃になって目の前に現れた……日野がこの世界へ来た事と何か関係があるのか? 考えを巡らせながらザクザクと歩み寄ると、子供は後ずさりながら服の中に本を入れた。


「あんたら、三人ともこの本を知ってるのか?」

「まあな。それ、どこで手に入れた?」

「……落ちて来たんだ。突然。ただ、それだけ」


 そう言って、子供は本を取られまいと強く抱き締める。すると、子供を見据えたまま黙っていたハルが口を開いた。


「ねえ。その本、ボクに譲ってもらえないかな?」

「駄目だ」

「君も、本を売ってお金にしたいんでしょ? だったらボク達が買い取って……」

「違う、そんなんじゃない。これだけは駄目だ。私、生まれ変われるかもしれないんだ……そう書いてあったんだ。この本さえあれば、違う世界で、もっといい人生を……私は、選ばれた。これは渡せない、絶対渡せない」

「書いてあったって……君、もしかして本の文字が読めるの!?」


 子供はハルの問いに答えなかった。落とさないように本を抱え直すと、ハルとグレンの横をすり抜け走り出す。


「待って!」


 ハルがその小さな背中を追いかけたが、路地を出たところで、その子供は人混みに紛れ消えてしまった。アルバートが刻から譲り受け、最期まで手放さなかったあの本……少しでも刻を倒す手掛かりを掴むことが出来ればと思い、ずっと探していた。


 しかし、前回は刻を逃し、今回は本も見失った。目の前にあるのに掴めない。近くにいるのに倒せない。非力な自分にハルが肩を落としていると、グレンが路地から出てきた。前には自分のリュック、後ろには日野を背負っている。お前もたまには持て、と地面に置かれた日野のリュックを見やると、ハルはその大きめのリュックを背負った。


「ショウちゃんは?」

「ぶん殴られて気絶してるだけだろう。あとでおじさんに診てもらうから大丈夫だ」

「そっか……」

「気を落とすな。この二年間、刻の居場所も本がどこに消えたのかも分からなかった。それが今になって一気に目の前に現れるなんて……何かが変わり始めたのかもな」

「そうだね」


 チチチと、肩の上でアルが鳴いていた。大丈夫、とでも言うように、ハルの頬にぴったりとくっついている。悲しいのか、悔しいのか、それとも変わり始めたこの時への不安か、期待か。ぐるぐると渦巻く心を隠し、ハルは笑った。




◆◆◆




 その後、日野を休ませるため街で宿を取った。今回も三人部屋だ。目を覚まさない日野をベッドへ寝かせると、アイザックへ宿屋の場所を知らせる為にアルを使いに出した。


 三人部屋の窓の外からは、街の人々の明るい声が聞こえてくる。グレンはハルに日野を見ておくよう伝えると、夕食の買い出しへと出かけた。

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