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第28話 私は選ばれた

 赤みがかった髪の子供がチラチラとこちらを振り返っている。日野が歩きながら子供の後を追い、子供もまた歩きながら日野から遠ざかっていく。これ以上走れないため仕方なく歩いているが、前を歩く子供も一向に走り出す気配が無いため、きっと体力を使い果たしたのだろう。


 入り込んだ路地をしばらく歩いていると、背の高い壁に突き当たった。行き止まりだ。自然と日野が子供を追い詰めたような状況になる。子供は背を向けたままピタリと立ち止まった。動く気配はない。日野はおそるおそる、その背中に声をかけた。


「あの、急に追いかけてごめんなさい」

「渡さないから」

「え?」

「あんたもこの本が欲しいんだろ? でも、これは私が拾った物だから。だから、渡さない」


 子供はそう言って振り向くとキッと日野を睨んだ。どうやら、服の中に抱えていたのは本だったようだ。それをギュッと抱き締め、威嚇するようにこちらを見る子供に、日野は小さく微笑む。


「私、本が欲しい訳じゃなかったの。街の中で見かけたあなたが何だか気になって……この辺りの子なの?」

「怪しい大人には何も話さない」


 そう言われてハッとした。確かに、面識もない子供を急に追いかけておいてあなたが気になるだなんて言ったら怪しすぎる。明らかに不審者だ。しかし、ただ無性に気になっただけなのは事実だった。どうやって取り繕おうかと日野が考えていると、子供が小さく溜め息をついた。


「変な大人。せっかく行き止まりまで追い込んだのに襲ってくるわけでもないし。何が目的なの?」

「え、あ……ごめんなさい。でも大事な本を奪うつもりも、傷付けるつもりもなくて、その、えっと……なんか気になって、引き寄せられたというか、なんというか。あ、名前は日野憧子といいます」


 追うことに夢中になり過ぎて、会って何を話すのかなど考えていなかった。小さな子供相手にうろたえて言葉が上手く出てこない。しどろもどろになりながら、取り敢えず笑って誤魔化せないかとニッコリ微笑んでみると、子供がクスクスと笑い出した。


「あんた、笑うの下手くそだね」

「そ、そうなの。あんまり得意じゃなくて……変だった?」

「変だった」


 あまりにハッキリ変だと言われ、やっぱりそうなのかな……と日野は肩を落とす。その様子を見て、子供はまたクスクスと笑った。


「私じゃないと思うよ。あんた、多分この本に引き寄せられたんだ。もしかしたら、あんたも本に選ばれたのかもしれないね」

「本に選ばれた? どういうこと?」

「さっき歩いたおかげでもう走れるし、あんたからならすぐ逃げられそうだ。少し見せてあげるよ」


 そう言って服の中から取り出されたのは、青い表紙に金色の装飾が施され、真ん中に黄色い宝石がついた本だった。それを目にした瞬間、日野の目が大きく見開いた。


「それって……」

「ん? あんた、知ってるの? ……この本、ある日突然私の前に現れたんだ。周りに物を落とせる場所なんて無かったのに、急に上から降ってきて……」


 子供がそう言いながらふと日野を見上げると、本を見つめたまま固まっている。その様子を見て少し首を傾げたが、子供はそのまま話を続けた。


「中身を開くと変な文字がたくさん書いてあって誰も読めないんだ。でも私には一箇所だけ読める場所があった。きっと私は本に選ばれたんだよ。ほら、ここ」


 パラパラと本をめくり、あるページで止めると指を差す。子供はその文字を読み始めた。


「生まれ落ちた地で不遇のときを生きる者、その身体が土へ還るとき、異なる世界への転生を果たす。転生する方法……どうしたの?」


 固まったままの日野を見上げて子供が首を傾げている。日野は本から目が離せず、子供の話がまるで頭に入っていなかった。ごめんね、と謝るとぎこちなく笑ってみせるが、青い本が目に入ってから、ドクドクと高鳴っていた心音が更に大きくなっていた。


 初めて青い本を見つけたとき、気味が悪いという感覚と同じ程に、いつもと違う不思議な出来事に好奇心が騒いでいた。これはあの時と同じ感覚……いや、違う。似ているが、それとは別の……。


 心配そうに見上げてくる子供の顔が霞んでいく。頭が痛い。その痛みは徐々に激しくなっている。日野が痛む頭に手を添えた時、後ろから二人分の足音が近付いてきた。グレンとハルか? 日野は霞んだ視界のまま後ろを振り返った。

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