表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/203

第201話 幻の酒

 ほんの少し開けている窓の隙間から風が入り込み、薄いカーテンを揺らしている。グレンは病室のベッドの上で、ジッと窓の外を見つめていた。遠くから大きな笑い声が聞こえる。こんなにも暑い季節だというのに、この街はいつも元気だ。


 のんびりと流れていく雲を目で追いかけながら、グレンは自身の腕に触れた。オリバーとの戦いで負った傷はほとんど治っている。だから、動こうと思えば動けるのに、その気が起きない。


 数ヶ月前、自分は病院のベッドの上で目を覚ました。何日も眠っていたようで、すぐには状況が理解できなかった。だが、ハルやルースから話を聞いて、あの冬の夜から目を覚ますまでの間に何があったのかを聞かされた。


 そしてその時、ローズマリーが実の姉だったことも知った。なぜもっと早く気づけなかったのか、後悔してもしきれない。


 愛した女も、家族も、友人も、誰も守れない。そんな自分の非力さに反吐が出た。その頃の自分は今よりも塞ぎ込んでいて、ハルや兄貴やルースが代わる代わる見舞いに来てくれても、素っ気なく対応してしまっていた。


 それから何日と時が過ぎ、早く動けるようにならなければ、早く外に出なければ、そんな風に焦ることもあった。だが、どうしても病院の外に足を踏み出すことができなかった。


 まるで見えない壁でもあるかのように、前に進めない。これからどうすればいいのか、何をして生きていけばいいのかわからなくなっていたのだ。自分に関わった人間が消えていく。それが姉弟の宿命なら、一人になったほうがマシなのではないかとさえ思った。


 そんな鬱々とした気分から抜け出せないでいると、ふいに病室の扉からコンコンと音が鳴った。返事をする前に、ガラリと扉が開く。


「おや、起きていたんですか?」


 そう言ってニッコリと微笑みながら入ってきたのはアイザックだった。薬と水を差し出され、グレンはおとなしくそれを飲んだ。そして、いつも通りならそのまま体調を聞かれ、しばらくして昼食が届く。そう思っていたのだが、今日は少し違った。


「昼食はみんなで食べに行きましょう」


 アイザックがそんなことを言い出したのだ。何やらウキウキと楽しそうな様子に、グレンは呆れ顔になった。


「もしかして、新しい酒でも手に入れたのか?」

「そういうことです。実は、年に数本しか造られない幻の酒を手に入れたんです。そんな貴重なものを一人で飲むのも寂しいですし、ついでにハルやルビーちゃんにも、たまには味の濃いお店のご飯を食べさせてあげようと思って。毎日薄味の病院食ばかりじゃ飽きるでしょう?」

「そりゃ、あいつらは喜ぶと思うが……おじさん、昼間っから飲むつもりかよ。そんなことしてたら婦長に殺されるぞ」

「今日は休日なので大丈夫です。この日のために死ぬ気で仕事を頑張りましたから。もちろんあなたも行きますよね、グレン?」


 そう言って、有無を言わせない笑顔がこちらに向けられた。あまり乗り気ではなかったが、幻とまで言われるとどんな酒なのか気になってしまう。それに、飲めばこの喪失感も……あいつなら、また突然現れてくれるんじゃないかというバカな希望も、少しは紛らわすことができるかもしれないと思った。


「しょうがねぇな。付き合ってやるよ」

「そう言ってくれると思っていました。今、ハルがルビーちゃんを呼びに行ってますから、二人が帰ったらみんなで行きましょう。出かける準備をしておいてくださいね」

「ああ、わかったよ」


 ため息を吐きながらグレンが答えると、アイザックは飲み終わったグレンの薬を片付けるために病室を出て行った。


 重い腰を上げてグレンは出かける準備をはじめる。そして、しばらく時間が経った頃、廊下の方が急に騒がしくなった。チョコやら苺やら肉やら魚やら、ハルとルビーが食べたいものを次から次に主張している声が病院内に響いている。


「……ったく、元気な奴らだな」


 ボソリと言いながら、グレンは病室の扉を開けた。その瞬間、突然何かが飛びかかってきて、グレンの顔にビタンと勢いよく張り付いた。ふかふかとした肌触りに懐かしさを感じ、グレンはそれを引き剥がした。


「……アル!? お前、戻ってきたのか?」


 驚いたグレンに、アルがただいまと手を振った。再びアルに会えた嬉しさと同時に、呼吸が止まりそうになる。アルが帰ってきたということは、同じ消え方をしたあいつも……?

 バカな希望が、現実味を帯びた。


「行きましょうか」


 ポンとアイザックに肩を叩かれて、我に返る。本当に呼吸を止めてしまっていたらしく、再び驚いた拍子に一気に身体に酸素が取り込まれた。


「あ、ああ。……おかえり、アル」


 頷いたあとアルへそう言うと、アルは嬉しそうに両頬をふにふにと持ち上げる仕草をした。


 そして全員が揃い、グレンたちは昼食を食べに病院の外へ出た。アイザックが貸し切った店は、病院から少しだけ離れた場所にあるらしい。街を明るく照らす強い日差しの中、四人と一匹はワイワイと賑やかに歩き出した。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


ブックマーク・評価をいただけると嬉しいです!


評価は★1〜★5までお好きな評価を付けてください!


いいねも貰えると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



──────柚中眸の作品一覧──────

【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

Twitter

OFUSE(柚中のブログやイラストなど)


────────────────────


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ