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第196話 友

 そこは、真っ暗闇だった。右を見ても左を見ても黒一色。光もない。自身の両手さえ満足に見えなかった。

 オリバーは仰向けに寝転がり、目元を両腕で隠しながら一人泣いていた。身体中が痛い。起き上がることもできない。グスグスと鼻をすする音が響き、嗚咽が漏れる。化粧はぐちゃぐちゃに崩れ、目尻からは止めどなく涙が流れていた。


「暗いよ、なんにも見えないよ……一人にしないで……誰か……」


 か細い声が闇に吸い込まれていく。助けなど来ないことはわかっていても、呼びかけることをやめられなかった。溜まった涙が目の周りの化粧を溶かし、まばたきするたびにそれが目に沁みて痛くてたまらない。ごしごしと両手で涙を拭って、オリバーはゆっくりと身体を横向きに転がした。

 息を吐くたびに、全身から力が抜けた。思い切り泣いていたせいで目眩がする。ぎこちなく呼吸を繰り返しながら、オリバーはどこでもない暗闇を見つめた。


「……オレが女の子だったら、みんな愛してくれたのかな?」


 心に溜まっていた言葉が、ポツリとこぼれた。


「オレは間違って生まれたのかな?」


 拭ったはずの涙が再び溢れ出し、視界が霞んだ。


「オレは生まれてこないほうがよかっ──」


 ──チリン。

 言いかけた言葉を遮るように、鈴の音が響いた。それは、聴き慣れた友の足音だった。辛いときも、嬉しいときも、いつも傍で鳴っていたその音に、オリバーはハッとして耳を澄ませた。横たわったままキョロキョロと辺りを見回していると、真っ暗な闇の中に、二つの光が見えた。

 ──チリン。

 鈴の音に合わせて揺れる二つの光。オリバーはそれが猫の目玉だとすぐに気付いた。


「……ノワール?」


 近づいてくる光にオリバーが恐る恐る呼びかけると、暗闇から、桃色のリボンに銀の鈴をつけた黒猫が姿を現した。


『呼んだ?』


 穏やかな口調でそう尋ねてきたノワールを見て、ホッとしたと同時に再びポロポロと涙がこぼれた。


『調子はどう?』

「……いいと思う?」

『元気いっぱいには見えないね』


 そう言って、ノワールが困ったように笑った。ノワールの表情が、あふれた涙で霞んでいく。オリバーは何度も拭ったが、涙を止めることができなかった。

 オリビア・テイラー。そう名付けられた子供は、男として生まれたにもかかわらず、女として育てられた。誰にも言えない悩みを抱えて、自分の中に芽生えた違和感をどこにぶつけていいのかも分からなくて。誰にも気付いてもらえなくて、生きづらい世界をたった一人で歩いていると思っていた。

 しかし思い返してみれば、オリビアの隣にはいつもノワールがいた。泣きたい時は傍にいてくれた。辛い時は話を聞いてくれた。嬉しい時は一緒に笑ってくれた。それはオリバーとなったあとも変わらなかった。

 ──ひとりぼっちじゃなかった。

 こんな真っ暗な世界に来てやっと気付いた。思うようにやればいい……そう言って、ノワールが無条件に肯定し続けてくれたことで、前に進むことができた。いつも隣にいてくれたことが、話し相手になってくれた時間が、どんなに心の支えになっていたのか。そんな大切なことを、取り返しがつかなくなってようやく気付くなんて……。


「……ごめ、ん。ノワール……オレ……オマエにずっと助けられてたのに……気付けなかった」


 後悔が胸を締め付け、息が苦しくなる。オリバーがそっと手を伸ばすと、ノワールはその手に擦り寄った。


『いいんだ。僕はただ見守っていただけ。頑張ったのはオリバーなんだ。君が悩んで、迷って、苦しんでいる姿を僕は数えきれないくらい見てきた。だから君自身より僕のほうが、君の苦悩をよく知ってる。僕が助けたんじゃない。生きづらかったこの世界で、君は自分で道を選び、そして懸命に生きた。それは凄いことだよ』

「でもオレは、たくさん傷付けて、たくさん殺した。なんとなく分かるんだ。道を間違えたんだって。だからオレは罰を受けるためにここにいるんでしょ?」

『そうだね……僕らは少し道を間違えた。だから僕らは罰を受けなきゃならない。でも、君の身体は起き上がれないほどボロボロだ。だから今は少し休もう。罰を受けて罪を償うのは、それからでも遅くないよ』


 そう言って、ノワールがオリバーの涙を舌で拭った。ザラザラとした感触がくすぐったい。オリバーはノワールを胸に引き寄せると、優しく抱きしめた。泣き疲れて腫れた目は、ウトウトと閉じかけている。


「オレの存在はちゃんとあの世界から、みんなの記憶から消えたかな? そうだったらいいな……。ねぇ。もしオレがこのまま眠ったら、ノワールはいなくなる?」


 オリバーは不安そうに眉を下げて、ノワールに尋ねた。するとノワールは小さな前足を伸ばし、ポンポンとオリバーの頬を叩いた。


『安心して。次に目を覚ました時も、僕は必ずオリバーの隣にいるから』


 ノワールの声に、オリバーは心から安堵したように微笑み、ゆっくりと目を閉じた。


「おやすみ、ノワール。……オレの、トモダチ」


 ポツリと呟かれた言葉を最後に、オリバーは深い眠りについた。

 そして、トモダチ……その言葉に、ノワールの目は大きく見開かれた。嬉しいやら照れくさいやら、様々な感情が入り混じり、ノワールが微笑んだ拍子に目尻から一筋の涙がこぼれた。


『ふふっ。猫の目にも涙ってね……おやすみ、オリバー』


 そう言ってクスリと笑うと、ノワールも目を閉じた。

 この暗闇の中で何年、何十年と罰を受けようとも、隣でオリバーを見守り続ける。遠のく意識の中で、ノワールはそう心に誓った。

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