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第193話 お迎え

 寒空の下、静かな街の中に、ルビーの泣き声が響いている。ハルも涙を流しながら声を殺して泣いていた。

 長かった冬の夜が、終わった。日野や刻、オリバーがいなくなり、アルや黒い馬も姿を消した。そしていつの間にか、ローズマリーの遺体も青い本と共に消えていた。

 グレンは地面に膝をついたまま、足元の雪を握りしめた。キンと冷えた雪が、わずかな手の温かささえも奪っていく。悔しさに唇を噛みながら、俯いた。


「結局、俺は……なにも守れなかった」


 また大切な人を失った。愛した女を守れなかった。そしてまた、子供たちに悲しい思いをさせた。心を抉られるような痛みに吐き気が込み上げる。

 パタパタと滴る血液が、白い雪に染みをつけた。目が霞み、焦点が合わなくなる。まるで大地が揺さぶられているかのように、まぶたを閉じてもグラグラと揺れる感覚が止まらない。

 建物の間からゆっくりと迫り上がってくる朝焼けに照らされながら、グレンはその場に力なく倒れ、意識を失った。


 この世界に残されたのは、グレン、ハル、ルビー、アイザックの四人だけ。そのうち大人二人は意識を失っていた。


「ボクが……しっかりしなくちゃ。そうだよね、アル」


 そう言ってハルは肩に手を伸ばしたが、いつもの場所にアルがいない。あっ……と小さな声を上げて、アルが消えてしまったことを思い出す。一瞬寂しそうに俯いたが、ハルは顔を上げて辺りをぐるりと見回した。まだ目元に残っていた涙をゴシゴシと拭い取る。

 さて、これからどうするべきだろうか? 応急手当ならまだしも、きちんとした怪我人の処置などしたことがない。それに小さな自分には、意識のない大人を運ぶ力もない。

 誰か街の人は助けてくれるだろうか? そう思い、辺りを見渡した。怯えて締め切った建物の扉は開きそうにない。

 ……誰かが出てきてくれるまで呼びかけ続けよう。そう決めて、ハルが冷えた足で歩き出そうとした時だった。

 遠くから、ガラガラと騒がしい音が聞こえた。耳を澄ませてみると、それは馬車の音だった。回る車輪の音の中に、馬の蹄が雪を蹴る音が混ざっている。

 ハルは音の聞こえてくる方へ目を凝らした。すると、遠くにアイザックがいつも乗っている白い馬車と似たようなものが見えた。それはものすごい速さでどんどんこちらに近づいてくる。


「……え、ちょっ、ちょっと待って! 止まって!?」


 勢いそのままで突っ込んできそうな馬車に、ハルが慌てて叫んだ時、真っ白な馬車はハルの目の前で雪を蹴散らしながら止まった。手綱を引いていた男が白馬から降りる。そしてワナワナと震えると、男は突然泣き出した。


「うわああああん、死ぬかと思ったよ!」


 男が泣きじゃくっていると、ガチャリと馬車の扉が開いた。中から降りてきたもう一人の男が、泣きじゃくる男の頭を叩く。


「それはこっちのセリフだ! 殺す気かバカ!」

「痛っ!? だ、だって兄貴が急げって言うから……そ、それに僕、馬の止め方なんて知らないんだもん」


 ギャイギャイと言い争う二人の男。途端に辺りを賑やかにしたその男たちに、ハルは見覚えがあった。


「あの……もしかして」


 ハルが声をかけると、泣いていた男が笑顔を見せた。


「お久しぶりだね、覚えてるかな? 僕はルース。えっとー……君は確か、ハロルド君?」

「うん。でも、どうして二人がここに?」


 見知った顔を見て安堵した。しかし、孤児院をつくると言っていた二人がどうしてここにいるのか? その疑問を口にすると、兄貴が腕を組み、小さなため息をついた。


「婦長に呼び出しくらったんだよ。嫌な予感がするから今すぐザック先生を連れ戻せって。そんで駆けつけてみりゃ、このザマだ。あのオバサン、気が強いだけじゃなくて勘も鋭いんだな。病院で医者と看護師が待機してる。全員運んでやるから、お前も乗れ」


 そう言うと、兄貴はハルの首根っこを掴んで馬車の中に放り投げた。そして、放心したまま涙を流し続けているルビーに近づいた。


「悪いな、お前も連れ帰るように言われてるんだ」


 脇に手を差し込み、小さな身体を軽々と持ち上げると、兄貴はハルと同じ馬車にルビーを乗せた。そして、ルースと二人がかりでグレンとアイザックを運び込むと、馬車の扉を閉めた。このままアイザックの病院まで帰ると言って、再びルースが白馬にまたがる。

 しかし、兄貴は乗る様子がない。ハルは馬車の窓を開けると、兄貴に声をかけた。


「乗らないの?」

「ああ。お前らの荷物、散らばったままだろ? 俺はそれを回収して、ザック先生の馬車で帰る。どこかに停めてあるはずだから、ゆっくり探すさ。だからルースと先に帰ってろ」


 そう言うと、兄貴はヒラヒラと手を振りながら散らばった荷物を回収するために歩いていった。

 兄貴の背中を見送ると、ルースが振り返り、ハルに再び笑顔を向けた。


「それじゃあ、出発するよ。止まるときは声をかけるから、死なないように気をつけて」


 パシンと手綱の音が響き、馬車が動き出した。ハルは窓を閉めると、俯いて泣き続けるルビーの隣に座った。自分よりほんの少し小さなルビーの手に、そっと触れる。そして何も言わず天井を見つめ、ガラガラと揺れる感覚に身を預けた。

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