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第191話 幸せの黒円

 ガラガラと音を立て、瓦礫の中からオリバーが姿を現した。手で顔を覆って、苦しそうに息を整えている。指の隙間から覗くオリバーの瞳は黒く染まったままだった。


「オリバー」


 日野は近づき、その名を呼んだ。ビクンと声に反応し、オリバーの視線がこちらへと移動する。


「オネエサン……その力、どうしたの?」


 オリバーは目を見開くと、敵意を含んだ目でジッと見つめてきた。

 私はこれまで、オリバーの動きに追いつくことすら敵わなかった。同じ破壊の力を持っているにも関わらず、刻やオリバーに比べて力も弱かった。そんな自分に軽々と投げ飛ばされたことに、オリバーは驚いているようだった。



◆◆◆



 青い本に解放された破壊の力は、一時的に私の中で暴れ回ろうとした。金色だった瞳の色はオリバーと同じように黒く染まり、いつもの頭痛と、誰かの叫び声に苦しめられた。破壊衝動に震える手を握りしめ、私は聴き慣れたその叫び声に耳を澄ませた。

 屋根の上、星空を見上げて冷たい空気を吸い込み目を閉じる。すると、瞼の裏の真っ暗な空間に、大勢の苦しむ人々の姿が見えた。集まっているのは老若男女様々だ。人々は、辛い、苦しいと訴えながら蠢いている。

 すると、その暗闇の中で、ひとつの光が揺らめいた。金色に輝くその光はふわふわと残像を残しながら移動し、騒めく人々を散らしていく。

 人々が散り散りになった時、その中心に見つけたのは、自分自身の姿だった。私は驚き、そして言葉を失った。辛い……苦しい……一番そう叫んでいたのは過去の自分だったのだ。

 まだ小さな私、小学生の私、中学生の私、高校生の私、働きはじめた私、この世界に来る前の私。

 目の前の私たちは、鎖に縛られずっとずっと泣いていた。


「……よくがんばったね」


 日野は目を閉じたまま、泣き叫ぶ自身の姿に呟いた。

 辛かった、苦しかった。きっとその気持ちは、どんなに説明したとしても誰にもわからない。似たような境遇だったとしてもだ。

 悩んだ自分、苦しんだ自分、頑張った自分……それらをずっと近くで見つめていて、心から理解し認めることができるのは、きっと未来の自分だけ。

 目の前に現れた過去の自分を抱きしめてあげられるのは、今ここにいる自分だけ。そう思った。


「悩んだ日々も、泣いた時間も、きっと無駄じゃなかった。あなたたちがいたから、私は大切な人に出会えたよ。……ありがとう」


 できるだけ笑顔でそう伝えると、過去の自分たちを取り巻いていた鎖がパキンと音を立てて千切れた。そして、無愛想に顔を顰めていた過去の自分たちが、フッと笑ったような気がした。


『へたくそ』


 言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をして、過去の自分たちは光の中に吸い込まれ、消えていった。


「そんなに笑うの下手かなあ。今のは上手く笑えたと思ったんだけど……」


 そう言って小さなため息を吐くと、日野は目を開けた。瞳の色は、鮮やかな金色に戻っていた。頭痛もない。叫び声ももう聞こえない。なぜか、破壊の力とひとつになった感覚がした。



◆◆◆



「これが解放された私の力。青い本に頼んで、少し強くなったと思う」


 日野がそう伝えると、オリバーはワナワナと震え出した。


「バカな……力を出し過ぎれば身体が壊れる。破壊の力を使い続けたせいで、オレやトキの身体はずっと前からボロボロだ。オネエサンはオレたちより強い力を解放した……なのに、なんで壊れない?」

「本と約束したから……かな。守るためにこの力を使うって」

「守るため?」

「そう。私はみんなの命と、あなたの幸せを守る。そのために、あなたを捕まえるよ……オリバー」

「言ってる意味がわからな──!?」


 オリバーが言い終わる前に、日野が一気に距離を詰めた。捕まえようとする日野の手を躱し、オリバーが飛び退く。しかし、日野はすぐに体勢を立て直し再び距離を詰めてきた。


「オネエサン、説明下手過ぎるでしょ!? もっとわかるように言ってよ!」


 そう叫びながらオリバーは必死に逃げ回った。動くたびに、日野のスカートとオリバーのドレスが踊るように揺れている。

 日野の傍には、ふわふわと浮遊する青い本。

 本はパサパサと頁を揺らし、吸い込まれるような黒い空間を開こうとしていた。小さな点から円状に広がっていくその空間に、ヒュウヒュウと風が吸い込まれていく。


「オレを取り込むつもりか!?」


 捕まれば最後──オリバーはそう直感した。この世界から存在そのものを消し去られる。それを望んでいたはずなのに……何故か、一人ぼっちになってしまうという恐怖がオリバーを襲った。日野の手を躱しながら、オリバーはギリと唇を噛む。


「たった一人で消え去るくらいなら、一人ぼっちになるくらいなら、必ず誰かを道連れにしてやる」


 そう言って、唇から流れ落ちた血を舐め取ると、オリバーは口角を上げた。

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