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百八十七 無理

 バサリと音を立てながら、アイザックはグレンに向かって黒いコートを投げた。グレンの身体を守るために開発した頑丈なコートだ。血は付着しているが引き裂かれた形跡はないため、まだ使えるはずだ。

 目を覚ました後、アイザックはひとまずグレンたちと合流しようと動き出した。その時、雪の上に落ちているコートに気付き、少し寄り道をして拾ってきたのだ。破壊の力の前では気休めにしかならないだろうが、無いよりはマシだろう。グレンがそれを受け取ったことを確認すると、アイザックは建物の壁にもたれたままヘナヘナとその場に座り込んだ。心配をかけないよう、いつもの笑みを浮かべる。


「拾ってきました。あなたにはこれが必要でしょう?」

「悪いな、助かった。気分はどうだ?」

「最悪です。これ以上は動けそうにありません」


 オリバーの襲撃を受け、死を覚悟した。もう助からないと自分自身の身体が告げていた。だが、奇跡的に意識を取り戻すことが出来たのだ。その理由はルビーに聞いている。

 ずっと傍についてくれていたルビーは今も隣で動けない身体を支えてくれていた。アイザックは赤い髪を優しく撫でて、ありがとうと伝えた。ローズマリーの元へ行くよう促すと、ルビーはコクリと頷いて離れていった。

 すると、ルビーと入れ違って目の前が緑色に包まれたかと思うと、身体中に激痛が走った。


「ザック先生!」


 緑のポンチョを着た小さな身体が、正面から飛びついてきてがっしりと抱きしめてくる。


「痛たたたたた!」


 あまりの痛さに思わず声が出る。意識が飛んでしまうかと思ったが、なんとか持ち堪えた。


「おい、ハル! お前おじさんを殺す気か!」

「……ボク、ザック先生が死んじゃうかと思って。助からなかったらどうしようって……」


 ハルを引き剥がすために立ちあがろうとしたグレンを宥め、アイザックは泣きじゃくるハルをそっと抱きしめた。

 腕を上げるだけでも痛かった。それでも抱きしめずにはいられなかった。刻の機転と、グレンとハルの処置のおかげで、幼い心に悲しみを重ねずに済んだ。これからも、この子の成長を見守ることができる。生きていてよかった……心からそう思った。

 しかし、問題はまだ残っている。金色の瞳を持つ三人は未だ戦い続けていた。そして、その力の大きさと攻撃の反動で街は徐々に壊れはじめている。

 止めなければならないのは分かっている。だがグレンも自分も身体が動かない。何か打開策はないのか……?

 冷えたハルの身体を温めるように抱きしめながら、アイザックは考えた。辺りを見回して使えるものがないかも確認する。すると、遠くに青いものを見つけた。雪の中に半分埋まってはいるが、目を凝らすとそれが本であることが分かった。


「あれは……」

「なんだ、何かあったのか?」


 グレンが首を傾げると、アイザックは促すように青い本を指差した。


「あそこに青い本が。あれを何とかして日野さんに渡せないでしょうか?」

「あいつに? 青い本を渡してどうするんだよ?」

「元の身体に戻る方法は記されていない……刻はずっとそう言っていました。刻や日野さんのような、別世界からやってきた特殊な人間であればそれが当てはまるかもしれません。ですが、オリバーは元々この世界の人間です。例外として力を与えられたのであれば、取り去ることもまた出来るのではないでしょうか。日野さんに渡すのは、彼女ならきっと……正しい使い方をしてくれると思うから……です」


 そこまで言うと、アイザックはぐったりとハルの肩に顔を埋めた。一命を取り留めたとはいえ、損傷した部位が治ったわけではない。少しでも痛みを和らげようと、アイザックは静かに深い呼吸を繰り返した。


「おい、おじさん! 大丈夫か?」

「ザック先生!?」

「……大丈夫です。幸い、刻の血のおかげで死ぬことはなさそうですから。それよりもグレン、あなたは大丈夫なんですか?」

「目眩はするが、少し休んだおかげでさっきよりはマシだ。青い本は俺があいつに渡してくる。ハル、お前はおじさんを看てろ」


 そう言って、グレンは痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。フラつく身体にコートを羽織る。すると、グレンの腕をローズマリーが掴んだ。


「私も行くわ。もう何も失いたくないの。だから私も戦う」


 大きな栗色の瞳には強い意志が見えた。グレンはわかったと短い返事をして、ローズマリーと共に歩き出そうとする。すると、ふいにローズマリーが歩みを止めた。どうしたのかと彼女の方へ視線を向けると、彼女のワンピースの裾を、俯いたルビーが両手で握りしめていた。


「……かないで。行かないで、ローズマリー」


 そう訴える声は震えている。ルビーが顔を上げると、赤色の目に溜まっていた涙が溢れ出した。


「ローズマリーが行くなら私も行く! 絶対に離さない! 絶対に離さないから!」


 スカートを握りしめた小さな手も震えていた。失うという恐怖がルビーを掻き立てる。

 すると、離すまいと力を込めた手にグレンとローズマリーが触れた。


「絶対に離れるなよ」

「一緒にいるわ」


 失う恐怖は、誰よりも知っていた。ルビーの気持ちも痛いほど分かる。危険であることを承知の上で、グレンとローズマリーはルビーを止めなかった。

 そして、ローズマリーとルビーに支えられ、グレンは青い本を取りに向かった。


 ──雪の上にポツリポツリと残されていく三人分の足跡を見つめながら、ハルがポツリと呟いた。


「ザック先生。ボクは、ルビーちゃんを止めた方がよかった?」


 引き止めたいと思った。危険を冒してほしくない。出来るだけ安全な場所にいてほしい。そう思った。だけど、止めることが出来なかった。


「……ハルなら、止められて引き下がりますか?」

「無理」


 端的に答えたハルにアイザックが静かに笑った。


「止めてもルビーちゃんは振り切って二人について行ったでしょう。だから、これでよかったんです」


 その言葉を聞いて、アイザックの肩の上でアルがコクコクと頷いた。どうやらアルも同じ答えのようだ。

 ハルの頭の中に、引き止める手を振り切って駆け出していくルビーの後ろ姿が浮かぶ。

 これでよかったんだ。そう自分に言い聞かせて、ハルは星空を仰いだ。

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