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百八十六 きょうだい

 遠くに聞こえるのは、靴底が骨を砕き、爪が皮膚を裂く音。傷付いても傷付いても再生してしまう身体で幾度となく痛みを味わいながら、日野と刻、そしてオリバーの三人が戦っている。目を背けたくなるような血腥(ちなまぐさ)い光景を一瞥(いちべつ)し、ハルはグレンの傍に膝をついた。ローズマリーもグレンを支えるように手を添えて膝をつく。


「血が止まらないわ。早く止血しないと」


 身につけている衣服を真っ赤に染め上げる程の出血に、ローズマリーは息を呑んだ。グレンが呼吸をしていることを確認して、シャツを脱がせていく。露わになった背中には、パックリと大きな爪痕が残されていた。熱を持った傷口からは、ドクドクと絶え間なく血が流れている。


「こんな大きな傷……どうやって止血したらいいの?」


 先程、グレンとハルがアイザックの止血をしていたが、見様見真似でできるほど簡単ではない。どうすることも出来ず、ローズマリーは縋るようにハルを見た。すると、先程まで泣いていたはずの緑の瞳は、何かが吹っ切れたように力強く澄んでいた。


「ボクがやる」

「できるの?」

「わからない。だけど出来ることは全てやる。もう誰も死なせない。それが今出来る、ボクの仕事だ」

「……頼もしいお医者さんね」

「ザック先生に教わったんだ。命が燃え尽きるその時まで、救うことを諦めてはいけませんって」


 そう言って、ハルは傷口を押さえて止血をはじめた。旅の途中で買った包帯と、衣服を破って作った包帯でハルは手際よく傷を塞いでいく。時間はかかったが、なんとか止血は完了した。しかし、グレンが目を覚ます様子はない。ぐったりとしたまま動かない身体を見て、ローズマリーは自身のコートを脱いでグレンに掛けた。冷たい風に、身体が震える。

 病院に……そんな思いが過るが、この街の医者たちは怯え切っていて、まともに話が出来る状態ではなかった。声をかけても、扉を開こうとすらしてくれない。屋敷の外には殺人鬼がいるのだから無理もない。だが、グレンの顔色は悪くなる一方で、アイザックも目を覚まさない。二人の命を救うには、医者が必要だ。そう考えたローズマリーは、再び病院に助けを求めることにした。


「顔色が悪いわ。血が流れ過ぎたせいかしら……怯えて取り合ってもらえなかったけど、私もう一度病院に行ってくるわ。輸血ができないか聞いて──」

「無理だよ」

「え?」


 ローズマリーの言葉をハルが遮った。どういうことだと首を傾げると、ハルはグッと拳を握り締めた。


「無理だよ。グレンは誰からも輸血ができないんだ。ごく稀にしか生まれない特殊な血を持った人間。唯一輸血できるとしたら本人の血だけど、それはザック先生が管理してて、ボクらにはどうすることもできない」


 ハルの説明に、ローズマリーは言葉を失った。おどろきのあまり喉が掠れて上手く声が出せない。パクパクと口を動かして、やっとの思いでローズマリーはハルに尋ねた。


「グレンは……輸血できない特殊な血なの?」

「そうだよ。だからザック先生が目を覚まさないと……ローズマリー?」


 言いながらハルがローズマリーの方へ視線を移すと、彼女は驚いたように口元に手を当てて、大きな目から涙を流していた。柔らかな唇が、震えながら声を漏らす。


「それって……お母さんと同じ?」

「え?」


 ローズマリーの頭の中に、古い記憶が甦る。

 あの時、まだ幼かった自分を置いて母は家を出た。子供を産むためだ。母は誰からも輸血が出来ない特殊な血液型だった。血が止まりづらい母は出産の際の出血に耐えられないと判断され、大きな病院にしばらく入院することになったのだ。その入院した病院が、ベル家の病院。あの頃、血液の保存が出来るのはベル家の病院だけだった。そんな母と、無事に生まれた我が子を迎えに父は病院へと馬車を走らせた。その帰り道で事故に遭うとも知らずに。

 その後、夫婦二人の遺体が見つかった。行方不明になった孫を探すために、おばあちゃんは何度も何度も色んな街へ出掛けていった。でも見つからなかった。

 ローズマリーの頭の中に、グレンの言葉が甦る。


 ──俺はこの孤児院で育ったんだ。


 川で拾われたこと、家族を知らないこと。ショウコの意識が戻るまでの間、グレンの過去を聞いた。

 思い出せば思い出すほどに、今まで気にも留めていなかった繋がりが光に照らされたように見えてくる。

 私とグレンは同じ髪の色、同じ瞳の色。そして、グレンの吊り目がちな目には……母の面影が残っていた。


「見つけた……見つけたよ、おばあちゃん。おばあちゃんがずっとずっと探してくれてた、たった一人の私の……弟」


 グレンの頬に触れ、ローズマリーはそっと微笑んだ。ポタリと一粒、涙が頬に落ちる。その瞬間、閉じていたつり目がちな目が、ゆっくりと開いた。


「……っう」


 痛みに苦痛の声を漏らし、グレンが目を覚ます。


「グレン!」

「良かった。一応ボクが止血したんだけど、気分は?」

「最悪だ。血が抜けたせいで目眩がする……って、何泣いてんだよおばさん」

「おばさんじゃないわよ……バカ」


 目の前で泣きじゃくるローズマリーに首を傾げながら、グレンは立ち上がろうとした。しかし、足元の固まった雪でつるりと靴底が滑り、再び倒れ込んでしまう。


「っ、クソッ!」


 日野と刻は暴走したオリバーと戦っているのに、自分は動くことすらままならない。拳を握り締め、苛立ちを雪にぶつけた時、建物の陰から声が聞こえた。


「まったく……あなたは何度大怪我をすれば気が済むんですか?」


 聞き慣れた声に驚き見上げると、建物の壁にもたれるようにアイザックが立っていた。

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