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百八十一 気を逸らせ

 暗闇の空に無数の星が瞬いている。その下を、日野たちは走り続けていた。速度は上げているのに、街がやけに遠くにあるような感覚に陥る。しばらくして、目の前にようやく建物が見えてきた。だが街は明かりを消し、嵐が過ぎるのを待つように静まり返って見えた。一体何が起きているのか……状況の把握ができないまま、日野たちは勢いそのままに街に突っ込んだ。

 ブレーキをかけるように足に力を込める。履いている靴の底が雪と地面を削り取り、長い溝を作って身体が止まった。


「ザック先生……今どこに……」


 日野が辺りを見回すと、ひときわ大きな屋敷にだけ明かりがついていることに気がついた。その屋敷の近くに、ぼんやりと人影が浮かんでいる。ドクリドクリと脈打つ心臓を押さえながら、日野たちはその人影に向かって駆けていった。


「遅かったじゃん。壊れたオモチャじゃ遊べないし、そろそろ街ごと吹っ飛ばそうかと思ってたところだよ」


 足音に気づいた人影がそう言った。屋敷の明かりに照らされていたのは、深紫色の髪を巻いた女性……だが、その口から発せられた声は紛れもなくオリバーのものだった。そして、オリバーが右手で掴んでいるのは、赤い血に染まったアイザックの髪。アイザックは髪を掴まれたまま、力無く引きずられていた。


「ザック先生!」


 日野より先に、ハルが叫んだ。しかし、アイザックはピクリとも動かない。身体中からダラダラと血が流れ落ち、虚ろな青い瞳は誰に向けられることもなかった。

 目の前の惨状に理解が追いつかない。日野たちは、時が止まったように動けなくなっていた。すると、オリバーがローズマリーを見つめて真っ赤な唇をニヤリと歪めた。


「ローズマリー。アイザックはどうしてオレに狙われたと思う?」

「……え?」

「キミを守ろうとしたからだよ。アイザックは、トキが大切にしていたキミを、オレに渡したくなかったみたい。それで、オレの力を薬で奪おうとしたんだ。ヒドイよね……本当にヒドイ。だから、殺しちゃった……キミのせいで、また人が殺された。キミのせいで死んだんだよ。ネェ、ローズマリー。今どんな気持ち?」


 オリバーの問いかけに、ローズマリーの顔から血の気が引いていく。自分に関わったせいで、アイザックは死んだ。また──私は人を殺した。膨らんでいく罪悪感がローズマリーの心を抉り取っていく。


「あ……あ……そんな……」

「ローズマリー、聞いちゃ駄目!」


 日野がそう叫ぶが、混乱したローズマリーの心には上手く声が届かない。


「でも……私のせいで……私のせいで死んじゃった……この人は……アイザックさんは刻の──!?」


 言いかけたローズマリーの口を、背後から刻の手が塞いだ。栗色の瞳から溢れた涙が、刻の手の甲を伝う。


「ローズマリーのせいではない。もう自分を責めるのはやめろ」


 そう伝えて、刻はローズマリーの背中をグレンの方へ向かって押した。バランスを崩したローズマリーがグレンに抱きとめられたことを確認すると、刻はヒビが入るほどに地面を強く蹴り、一瞬でオリバーの目の前まで移動した。そして、怒りのままにオリバーの頬を殴りつけた。

 頭部が破裂するほどの衝撃に、オリバーは白目を剥いて吹き飛んでいった。勢いそのままに地面へと叩きつけられたオリバーの身体とひしゃげた顔が、ビクビクと痙攣しながら元の形状を取り戻していく。異常なまでの治癒力だ。しかし、オリバーが起き上がる気配はまだない。

 その隙に、ハルがアイザックに駆け寄った。緑色の瞳から大粒の涙をこぼしながら、ハルはアイザックに声をかける。


「……起きて……起きてよ。なんで返事しないの? ボクだよ、わかる? ねぇ、ザック先生。お願いだから……目を開けてよ。本当に死んじゃったの? 嘘だよね……いつもみたいに冗談言って笑ってよ。ボクたち、まだ一緒にお酒も飲めてないじゃない……ザック先生、ボクはまだ……一緒にいたいよ」


 必死に呼びかけた。しかし、ぐったりとしたその身体が反応を示すことはなかった。ハルは泣き崩れ、グレンは血が滲むほどに唇を噛み締めていた。手遅れだ……居合せた誰もが諦めかけた時、刻が日野へ声をかけた。


「憧子。少しの間、オリバーの気を逸らせ」


 そう言った刻の視線の先で、意識を取り戻したオリバーが立ち上がろうとしている。


「おい、待て。それなら俺も──」

「わかった。大丈夫……グレンはみんなを守って」


 何か考えがあってのことなのだろう。そう感じた日野は、涙を拭いてコクリと頷いた。グレンの制止を振り切り、冷たい地面を蹴り上げると、日野はオリバーの方へ向かっていく。オリバーの興味の対象が日野に切り替わったことを確認すると、刻は意識のないアイザックに近づいていった。


「どけ」


 そう言って、アイザックの傍から離れようとしないハルを引き剥がす。すると、緑色の瞳から、憎しみと殺意が向けられた。


「やめろ……やめろ! ザック先生に触るな!」


 ハルの震える声を無視して、刻はアイザックの身体を抱き起こす。顎を掴んで、無理矢理に口を開けさせた。

 刻の不可解な行動に、グレンが眉をひそめる。


「お前……何するつもりだ?」

「貴様の血は、誰からも輸血が出来ない特殊な血液型……そうだったな」

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「俺の血は、その逆だ。型違いでも、特殊な血液型を除くほとんどの人間に対して血を分け与えることができる。そして、体内に入り込んだ俺の血は不足を補うだけでなく、内側からヒトの身体を修復する……らしい」

「らしいって……確証はないのかよ」

「聞いた話だ。だが、試してみる価値はあるだろう」


 言いながら、刻は自身の腕に傷をつけた。鋭く尖った爪が食い込み、皮膚を引き裂いていく。あまりの激痛に、気を失ってしまいそうだった。歯を食いしばり声を我慢する。そして、滴る赤い血液を、アイザックの口内に流し込んだ。

 腕につけた傷は、もう塞がっている。刻は立ち上がると、離れた場所で戦いをはじめた日野とオリバーに視線を向けた。


「……刻?」


 幼い声が、背中に届く。刻が振り返ると、今にも泣き出しそうな顔でルビーがこちらを見ていた。小さな唇が、気持ちを伝えようと微かに動く。


「行かないで」


 震える声で告げられた言葉に、刻は目を見開いた。そして、フッと口角を上げて笑った。


「案ずるな」


 短くそう返して、刻はグレンと目を見合わせる。互いに頷き合うと、刻は、再びアイザックに駆け寄ったハルに視線を移した。


「泣いている暇があるなら貴様は傷口の止血をしろ。アイザックを頼んだぞ……ハロルド」


 そう言って、日野とオリバーの元へ向かっていった。

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