表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/203

百八十 飛ばして

 もう少し、あと少し。そうやって歩き続けて何時間が経っただろうか。いつの間にか空は暗くなりはじめていた。ヒュウヒュウと吹き荒ぶ寒風が体温を奪い、皮膚を氷のように冷たくする。

 雪道で皆の歩く速度が遅くなっていたこともあり、目的の街は予想以上に遠く感じた。これ以上暗くなれば、動けなくなってしまう。このまま歩き続ける訳にはいかない。


「そろそろ走ろうか」


 日野の一声で、この先は走って街まで向かうことになった。今朝話した通り、ルビーが乗っている黒い馬にハルとグレンも跨った。慣れない手つきでグレンが手綱を引く。そして、刻がローズマリーを抱きかかえ、ローズマリーは刻の首に手を回して全身から喜びを放出していた。


「身体中からハートが出てるように見えるのは私の気のせいかな」


 幸せそうに刻を見つめて寒さなど感じていない様子のローズマリーに苦笑しながら、日野は破壊の力を呼び起こした。瞳は金色に染まり、爪が長く鋭く変化する。遠くに誰かの叫びがこだまするが、頭痛はない。大丈夫、コントロール出来ている。

 ギュッと拳を握って、日野は自身の中に湧き上がる力を感じた。そして皆を見回してコクリと頷くと、グレンと子供たちを乗せた黒い馬が、地面を蹴った。風の如く走り去っていった黒い馬。子供たちの楽しそうな笑い声と、グレンの叫び声が遠くに消えていく。


「……速すぎる」


 ポツリと呟いたまま呆気に取られていると、刻に声をかけられた。


「遅れるな、行くぞ」


 その声にハッと我に返ると、刻の背中は既に小さくなっていた。


「ちょっ、待って! 待ってよ!」


 日野は慌てて地面を蹴った。普通の人間には出せない速度で雪道を駆けていく。冷たい向かい風が頬を切るように過ぎていった。日野と刻が、先を走っていたグレンたちに追いつくと、ハルとルビーが楽しそうにはしゃいでいた。


「わあああああ! 冷たーい!」

「アル、見て! すごいよ! 星があんなに速く動いて見える! ほら、グレンも見て見て!」

「俺はそれどころじゃねぇ!」


 ジェットコースターとまではいかないが、揺れる馬の上はちょっとしたアトラクションのようなものだろう。グレンは手綱を離すまいと必死になっている。


「大丈夫かな……後で気分が悪くならなきゃいいけど」


 日野が黒い馬と並走しながら、グレンの様子を見て言った。揺れが苦手な人は気分が悪くなって吐いてしまうこともある。グレンがそうとは限らないが、街に着いたら少し休ませてあげよう。……次の街は、果たして安全だろうか。そう思い、日野はオリバーの匂いがしないかと冷たい風を吸い込んだ。

 ──その時、微かに血の匂いがした。それは、進むごとにどんどん濃くなっていく。日野は、驚き目を見開いて、自身の嗅覚を疑った。知っていたからだ。その血の匂いの人間を。


「ザック先生!!」


 日野は無意識に叫んでいた。最悪の結果が頭を過ぎる。刻へ視線を向けると、彼も血の匂いに気付いていたようで、その表情は怒りと焦りに満ちていた。

 一刻も早く街に着かなければ。その気持ちから、どんどん走る速度が上がっていく日野と刻に向かって、グレンが声を上げた。


「おい、一体何があった?」


 尋ねてきた声の方へ視線を向けると、グレンの前にいるハルが、アルを見つめたまま固まっていた。アルは、両手を振りながら必死でハルに伝えている。

 ──ザック先生が危ない。

 これ以上、ハルには何も失わせたくない。日野はじわりと滲んだ涙を拭って、グレンに伝えた。


「グレン、街の方からザック先生の血の匂いがする。それに、さっきから近づくほど濃くなってる。少しの出血じゃここまで濃くはならないはずだから、もしかしたら……」

「オリバーか?」

「分からないけど、誰かに襲われてるかもしれない。だから早く……早く行かなきゃ」


 日野が焦る気持ちを抑えながらそう伝えた時、ハルの口が微かに動いた。


「……て」


 驚きと恐怖に震える小さな唇が、必死に声を振り絞る。


「飛ばして! グレン!」

「わかった」


 ハルの声に、グレンが頷く。そして、日野、刻、黒い馬は更に走る速度を上げた。もう止まることはできない。あと少しでたどり着く。このまま街に突っ込むことになりそうだ。血の匂いに混ざって……微かにオリバーの匂いがした。

 いる、この先に。破壊の力を手にした本物の殺人鬼が。一刻も早く止めに入らなければ、アイザックの命が危ない。それどころか、もしかしたらもう手遅れかもしれない。

 大切な人を失う恐怖に急き立てられながら、日野たちは星明かりに照らされた雪道を走っていった。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


ブックマーク・評価をいただけると嬉しいです!


評価は★1〜★5までお好きな評価を付けてください!


いいねも貰えると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



──────柚中眸の作品一覧──────

【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

Twitter

OFUSE(柚中のブログやイラストなど)


────────────────────


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ