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百七十九 水上歩行

 ザクザクと雪を踏みしめる足音が響く。ここは街から伸びる一本道。小さな雪の粒が舞う中を、日野たち一行は大きな川を目指して歩いていた。その川を渡ると、アイザックの病院がある街へ少し近づく。不安はあるが、進むしかなかった。

 アルや黒い馬の耳に届いた鈴の音。街の方へ消えていったというその音を追って、日野たちは次の街へと入った。しかし、そこにオリバーの気配はなく、昨晩は何事もない夜が過ぎた。

 誘われているように感じたが、一体あれは何だったのだろうか。得体の知れない恐怖に心が怯える。日野はフウっと小さく息をつくと、俯いていた顔を上げた。すると、後ろからルビーの上擦った声が聞こえてきた。


「ローズマリー! 私たち、あれに乗るの?」

「ええ。ルビーは船に乗るのはじめて?」

「うん。船って意外と小さいんだね」


 額に両手をかざして船を見つめながら、ルビーは頷いた。その姿に、ローズマリーは首を傾げる。アイザックの病院からこちら側の土地に来たのであれば、この川を渡る必要があったはずだ。だが、ルビーは船に乗ったことがないと言う。それなら一体どうやって渡ってきたのだろう。

 ローズマリーがそんな疑問を浮かべていると、今度はグレンが口を開いた。


「まあ、小船だからな。それより、お前らの馬はどうするんだよ? 貨物船は全部動いてるみたいだし、観光船にそのデカい馬を乗せられるとは思えないぞ」

「問題ない。貴様らは船で渡れ」


 グレンの問いに、刻が短く答えた。そして、問題ないと言ったその言葉の意味を聞こうとした時、ちょうど空いた船が戻ってきた。日野たちは急いで岸まで向かう。威勢のいいおじさんが舵を取る船に、刻と黒い馬以外の五人と一匹が乗り込んだ。

 大きな川を、ゆっくりゆっくりと船が進んでいく。その横を優雅に歩く黒い馬の姿に、日野たちは目を丸くしていた。


「その馬……水の上を歩けるの?」

「そうだよ。知らなかった?」


 あんぐりと口を開けて尋ねた日野に、ルビーが当たり前のように答えた。目の前には、刻を乗せて水の上を歩く馬がいる。水面に蹄が触れるたびに波紋が広がっているが、沈む様子は全くない。

 一体どういう仕組みで浮いているのか分からない。グレンやハルにローズマリー、それに船頭のおじさんも驚いたように黒い馬を見つめていた。

 あの馬には何か特別な力があるのだろうか……まさか、青い本が関係しているのか? 頭の中で思いつく限りの可能性を考えてみたものの、どれもしっくりこなかった。

 ふむ……と、顎に手を当てて日野が考え込んでいると、船頭がガハハと大きな声で笑った。


「不思議な馬もいるもんだなあ。朝から珍しいもんを見られたよ。今日は良い一日になりそうだ!」


 船頭の明るく大きな声が響く。そのおかげか、不安が少しだけ誤魔化された気がした。日野の中で張り詰めていた心の糸が僅かに緩んだ。冷たい風が心地良い。日野は目を閉じて、のんびりと進む船の揺れを感じた。

 しばらくして、船は対岸についた。日野たちは順番に船を降り、戻っていく船頭を見送ると、この先の地図を確認した。


「ボクとグレンが前に通った道はここだね」

「この道、結構長いね。もしかして次の街は少し遠い?」

「ああ。着くのは夜になりそうだな。街の明かりが消えないうちにたどり着けたら良いんだが……」

「そうだね。他に近道とかがあれば良いんだけど」


 日野、グレン、ハル、アルは、うーん……と唸りながら地図を見つめている。そんな三人と一匹に、刻は小さく息を吐いて声をかけた。


「案ずるな。あまりに遅くなるようなら馬を貸してやる」

「悪ぃな……って、いくらその馬が大きくても全員乗れる訳ないだろ。それとも、そいつには巨大化する能力もあるのか?」

「そんな化け物のような力はない。俺はローズマリーを抱えて走る。貴様はルビーと緑の片割れを連れて馬に乗ればいい」


 刻がそう言うと、グレンは不満そうな顔をした。今の話の中には、日野が入っていない。


「俺が走る。お前が馬に乗れ」


 グレンが日野へそう伝えると、刻が口を挟んだ。


「やめておけ。貴様では馬の速さに追いつけない。仮に追いつけたとしても、途中で力尽きて置いていかれるだけだ。だが、憧子は破壊の力を使えば速く走れる。そうだろう?」

「……あ」


 そうか、と日野は納得したように頷いた。確かに、破壊の力を使えば速く動くことができる。使った体力は自然に回復していくため、疲れることもない。破壊の力をコントロールできるようになってからは、街から街への移動も、重たいリュックを背負うことも平気になっていた。体力がついたというのもあるが、毎日歩き続けても全く疲れが残っていないのは破壊の力のおかげなのだろう。


「良くも悪くも、その身体は人より優れているんだ。上手くコントロールしていきたいなら、使える力は使っておけ」

「そうだね、ありがとう。グレン、急ぐ時は私が走るから、ハルとルビーちゃんをよろしくね」

「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫。本当だよ」

「……そう、か。わかった。辛くなったらすぐに言えよ」

「うん。ありがとう」


 大丈夫だとは伝えたものの、グレンの顔はまだ少し不満気で納得していないようだった。自分のことを心配してくれている。そんなグレンのむくれた顔すら可愛らしく見えて、日野はフッと目を細めた。


「行こうか」


 日野は、グレンとハルの手を取って、再び歩き出す。刻も、ルビーを馬に乗せて、ローズマリーと共に歩き出した。冷たい風の中、繋いだ手から温もりを感じる。もう、この手を離さない。必ず守ってみせる。何度も誓った言葉を、日野は再び心の中で唱えた。

 まるで魔法のように、その言葉は心を強くする。日野たちは真っ白な雪に足跡を残しながら、次の街へと向かっていった。

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