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百七十六 パーティー

 ガタンと揺れた馬車の中で、アイザックはハッと顔を上げた。温かいコートのせいで、ついウトウトしてしまったようだ。ズキズキと痛む身体に顔を歪めながら、いつの間にか崩れ落ちそうになっていた体勢を元に戻す。オリバーに襲われた時の傷はまだ癒えていない。


「人間とはか弱いものですね」


 窓の向こうの過ぎゆく景色を眺めながら、誰ともなしに呟いた。

 今日は昼過ぎから夜にかけて、とある街の病院でパーティーが開かれる。六十歳になる院長の誕生日を祝うそうだ。

 もう少し身体を休めていたい気持ちはあったが、招待状が届いたからには出席しなければならない。病院の経営や薬の研究を続けていくためには、他院との繋がりも大切だ。それに、パーティーで出会う令嬢たちは仲良くしておけば多額の寄付をしてくれる。あの派手な見た目や猫なで声はあまり好きではないが、たまに話す分には耐えられた。

 カタカタと揺れる馬車の中でそんなことを考えながら、アイザックは左耳につけている黄色いピアスを指でなぞった。




◆◆◆




 街に着き、パーティー会場へと到着すると、アイザックは受付と他の参列者への挨拶を済ませた。

 病院の紹介、院長の紹介と挨拶、医者や看護師からの祝いの言葉……眠たくなるような内容が延々と続き、唯一興味を引かれた基礎研究の成果発表を聞いたところで、ようやく自由に動き回れる時間が訪れた。

 皆が固まった身体をほぐしながら立ち上がり始め、隣に用意された立食パーティーの会場へと向かっていく。途中、廊下に並んだガラス窓を見ると、外は少し日が傾きはじめていた。

 ガチャリと音を立てて、大きな扉が開く。主役の院長に続いて続々とパーティー会場へ入ってきた医者たちを、美しいドレスに身を包んだ令嬢たちが迎えた。他の医者たちに続けてアイザックが扉をくぐると、黄色い声が上がる。


「アイザック様よ!」

「ああ……やっとお目にかかれましたわ」


 キャイキャイと盛り上がる令嬢たちに、アイザックはニッコリと笑顔を向けた。女性からの熱い視線と、男性からの突き刺さすような視線に嫌気が差す。

 この夜を乗り越えたら、早く帰って飲み直そう。そんなことを思いながら、アイザックは司会の合図に合わせて、配られたカクテルで乾杯した。


 女性たちの話し相手をしながら食事を楽しんでいると、ふいにピアノの音が響きはじめた。女性的で優しくまろやかな高音と、男性的な力強い低音が絡み合い、次々に表情を変えていく音色に、会場はゆっくりと引き込まれていった。


「美しい音色……あの方、パーティーではあまり見かけないけれど、特別に招かれたのかしら?」

「私も初めて見たよ。とても素晴らしい演奏だね。それに、見た目も可愛らしい」

「あら、今夜はあの方を狙うおつもりかしら?」

「そ、そんな訳じゃ──!」


 近くにいた医者と令嬢が、冗談を言ってクスクスと笑い合っている。アイザックはそんな男女を微笑ましく見つめると、その会話につられてピアノへ視線を向けた。

 演奏しているのは女性。フリルのついた暗いドレス。どこかのお姫様のような、縦巻きにした深紫色の髪。柔らかそうな唇には真っ赤なリップを乗せていて、言われてみれば可愛らしい。だが、何かが引っかかった。アイザックはピアノを弾く女性をジッと見つめて観察した。


「……男?」


 その違和感が、ポツリと口をついた。化粧をしてドレスを着てはいるが、手の形や、細かな動きは男のように見えた。

 だが、こちらの視線に気づき、にこりと微笑んだその顔は紛れもなく女性だった。


「気のせいか……」


 女性を男性と見間違うなんて……きっと疲れているのだ。帰ったら婦長に美味しいつまみを作ってもらおう。そしてグレンがまた街を訪れたら美味しいご飯を作ってもらおう。ハルとアルには元気を分けてもらって……ああ、それと。


「日野さんのぐちゃぐちゃなサンドイッチも恋しいですね」


 そう呟いて、日野が作った不揃いなサンドイッチを思い浮かべながら、アイザックはクスリと笑った。


 それから、医者や看護師と今後の医療について語り合ったり、頬を染めて近寄ってくる女性たちの相手をしたりしながら、明るく華やかなパーティーの時間は刻々と過ぎていった。

 会場には、美しいピアノの音が響き続けている。

 太陽が隠れて街が薄暗くなった頃、その音色が、ピタリと止まった。

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【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

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