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百七十一 開花

 街の中心に着くと、すでに人集りが出来ていた。日野は、ハルの手を引きながらそこへ近づいていく。人々の隙間から、大きな蕾が見え隠れしていた。まだ咲いていないようだ。

 間に合った……とホッとした時、視界の端で何かがピョンピョンと跳ねていることに気がついた。それに合わせて、繋いでいる手がふわふわと上下に動く。繋いだ手の先に視線を向けると、ハルが蕾を見ようと何度も飛び跳ねていた。


「あ、ごめんね。見えなかったよね」


 日野は、よいしょっ、と掛け声をつけて、ハルを抱きかかえた。しかし、背の低い日野が抱えても景色はあまり変わらないようで、ハルは右に左にと身体を傾けていた。

 早めに来て前列を確保しておくべきだったと日野が後悔していると、トントンと背中を叩かれた。


「肩車のほうが見えやすいだろ。俺が代わる」


 そう言って、グレンはハルを立たせると、その後ろに屈んだ。小さな身体をヒョイと持ち上げて、肩に座らせる。


「ハル、見える?」


 日野が見上げながら尋ねると、緑色の大きな瞳は、人集りの中心を見つめてキラキラと輝き出した。


「わあ……見えたよ。あの花が、これから咲くの?」

「うん。みんな、あの花が咲くのを待ってるみたいだね」


 ハルの問いに答えると、ルビーのはしゃぐ声も聞こえてきた。


「わあ! 良い眺め! あの白いドレスの人たちがケッコンするの?」

「そうみたい。綺麗だね」


 気がつくと、ルビーも刻に肩車されていた。ルビーが指差した方を見ると、花の置かれた丸テーブルの前に、真っ白いドレスを身にまとった女性と、その隣に寄り添う白いタキシードの男性がいた。男女は全部で三組。たくさんの祝福の声を浴びて、照れ臭そうにはにかんでいる。

 すると、突然街の明かりがポツリポツリと消えはじめた。辺りが徐々に暗くなっていき、日野ははぐれないようにグレンの腕に手を添えた。

 街の人たちが慌てている様子はない。これも式の為なのだろう。そう思って成り行きを見守っていると、耳元で囁くようなローズマリーの声が聞こえた。


「ショウコ……開花の瞬間を見ることが出来たら、今後の恋愛がうまくいくらしいわよ」

「そうなの?」

「ええ。さっき、近くにいた人に聞いたの。好きな人を思いながら見ると、効果抜群だって言ってたわ」

「そうなんだ。それじゃあ、しっかり見ておかなくちゃね」

「そうね。一瞬たりとも見逃さないわ」


 そう言って、ローズマリーは緊張したように蕾を見つめていた。きっと、彼女が思い浮かべているのは……。

 チラリと刻を見上げて、日野は微笑んだ。刻の目が、なにか用か? とでも言いたげに見つめ返してくる。

 そして、日野が目を離している間に、その瞬間が訪れた。わあっ、と大きな歓声が聞こえ、一気に静まり返る。緊張した雰囲気に気付いて、日野は蕾へ目を向けた。

 頭を垂れた大きな五つの蕾が、ゆっくりと開いていく。蕾の中から青く柔らかな光が放たれ、やがてその光は花全体を包み込んだ。明かりの消えた街の中心は、花の光だけで照らされていた。

 式の主役である三組の男女は、神秘的なその花の前で、共に生きていくことを誓い、口づけを交わした。

 言葉にならないほどの美しい光景を見つめながら、日野はグレンの腕に自身の腕を絡めた。

 ずっと忘れない。あの日見た花火も、あの日触れた過去も、今日のこの花も。グレンと過ごした時間を、瞳に映った同じ景色を、私はきっと忘れない。

 離れたくなくて、離したくなくて、絡めた腕に少しだけ力を込めた。


 指輪の交換を終えて、式は終わりを迎えた。それからは、街中がお祭りのように賑わった。大人にはお酒が、子供たちにはジュースが振る舞われた。歌い出す人や踊り出す人も出てきて、どんちゃん騒ぎだ。


「さっきと違って、本当にお祭りみたいになっちゃったね」


 日野が苦笑してそう言うと、グレンが隣で笑った。


「言っただろ、この世界の人間は祭り好きが多いって。飲んで歌って踊って、笑って泣いて……まったく、忙しい奴らだよ」

「グレンもそういうの好きなの?」

「ああ、まあ酒は好きだな。歌うのも踊るのも嫌いじゃない」

「そうなんだ……」


 ポツリと呟いて、日野は花嫁たちへ目を向けた。愛する夫と、楽しそうに踊っている。グレンもあんな風に踊ってくれるかな……? そんな事を考えていると、下から幼い声が聞こえてきた。


「あー、私がお嫁さんになったら、グレンは私と踊ってくれるかなー?」

「──っわあああ!? ちょっとハル、何言ってるの!」


 ハルはいつの間にかグレンの肩から降りていた。日野が赤面して慌てる様子を見て、ハルはニヤニヤと頬を緩ませながら、日野の心を代弁するかのようにグレンに尋ねる。


「ねぇ、私がお嫁さんになったら、グレンは私と踊ってくれる? って、ショウちゃんが聞きたそうにしてるなぁ」

「ちょ、ちょっと……あの……その、そんなんじゃ……」


 顔の火照りがおさまらない。必死に否定しようとしていると、グレンに身体を押さえられた。大きな手に顔を固定されたと思うと、グレンの顔が近づき、唇がそっと触れた。


「踊ってやるよ」


 フッと笑みを浮かべたグレンの顔を、直視できなかった。日野が真っ赤になった顔を背けると、グレンは日野から離れた。そして日野は、その場で固まったまま、混乱する頭を必死に整理していた。

 踊ってやるということは、私をお嫁さんに……結婚する気があるということだろうか。いいや、勘違いしてはいけない。だけど、本気で言ったのなら……でも、今後気が変わってしまうことだって……ああ、それでも嬉しい。

 ドレスを着た自分とグレンが踊っている。頭の中がそんな妄想で埋め尽くされていく。ローズマリーがよく意識を飛ばしているが、こんな感覚でいるのだろうか。

 ふわふわと浮かぶような幸せが込み上げていた時、頬をつねられ、その痛みでハッと我に返った。


「おい、大丈夫か?」

「あ、ごめ……うん。だ、大丈夫」

「明日も出発は早朝だ。まだまだ祭りは続くみたいだが、俺たちはもう宿に帰って休もう」

「うん、そうだね」


 グレンの一声で、日野たちは宿に帰って休むことになった。祭りを楽しむのもいいが、早く先へ進んだほうがいい。

 刻もくしゃみや咳はしなくなったが、また体調が悪くならないか心配だ。そう思い、日野は刻たちの方へ視線を向けた。

 刻の肩の上には、まだルビーが乗っている。そして、そんな刻をローズマリーが愛しそうに見つめていた。

 ──今後の恋愛がうまくいくらしいわよ。

 真剣な表情でそう言っていた彼女を思い出す。


「そういえば、刻とローズマリーも二人きりになる時間って少ないよね」


 ポツリと日野がそう呟いた時、街の人の声が耳に届いた。


「あっちで子供たちにチョコレートを配るらしいぞ」


 その情報に、日野はポンっと手を叩いた。刻たちに近づいて、声をかける。


「刻、ローズマリー。あっちで子供たちにチョコレートを配ってるんだって。ルビーちゃんも一緒にどうかな?」

「ほんとー? 食べる!」

「あら、それじゃあ私たちも貰いに行きましょうか」


 そう言って、配っている場所を探し始めたローズマリーを、日野は慌てて止めた。


「こ、今夜は私たちがルビーちゃんを預かるよ! せっかくハルと友だちになれたみたいだし! ローズマリーたちは先に宿に帰って、今日は二人でゆっくり休みなよ! ね!」

「そ、そう? ルビーがいいのなら、私は構わないけど」

「……今日はショウコのところに泊まる」

「それじゃあ、私たちは先に帰るわね。ルビー、ちゃんと歯磨きして、お風呂に入ったらしっかり髪を拭くのよ」

「ショウコにやってもらうー!」

「うん! ちゃんと拭いて、歯磨きもさせるから安心して!」


 任せなさい、と胸を叩いて、日野はルビーを預かった。そして、宿へ帰っていく刻とローズマリーの背中を見送って、二人の背中が見えなくなった時、はぁ……と下から大きな溜め息が聞こえてきた。


「ショウコ、笑うのも下手くそだけど、気を使うのも下手くそだね」

「えっ!?」

「ショウちゃん、変なところでわかりやすいよね」

「まあ、嘘がつけねぇってのは素直ってことで……いいんじゃねえのか?」


 見ると、その場に残った全員から呆れた眼差しを向けられていた。二人きりにしたいという思惑は、見抜かれていたようだ。

 そんなにわかりやすかっただろうか……上手くやったつもりなのだが、子供にまで呆れられてしまった。

 日野がガックリと肩を落とすと、ハルとルビーはケラケラと楽しそうに笑っていた。

 しかし、これで刻とローズマリーが二人きりになれるチャンスを作ることが出来たのだ。お節介かもしれないが、たまには二人でのんびり話して、ゆっくり休んでくれると嬉しい。

 煌めく星空に二人の恋路がうまくいくことを願いながら、日野はグレンと共に、子供たちを連れて、チョコレートを配っている場所まで歩いていった。

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