百七十 見守ること
刻から渡されたケーキを、ハルは食べなかった。残されたケーキは、代わりにルビーが食べた。
夕食を終え、支払いを済ませて店を出ると、日野はハルの小さな背中を見つめた。深緑色の髪がサラサラと夜風に靡いている。
同じ力を持つ者同士ということもあり、最近は刻のほうに意識が向いてしまうことが多くなっていた。
だが、ハルはその破壊の力に……刻に家族を殺されているのだ。辛い顔を見せないだけで、心の中では刻を憎み続けているのかもしれない。
少し前に、刻はハルの空気が変わったと言っていた。それは、同じ破壊の力を持つ私と長く過ごしたせいなのか、刻のことを大切に思うローズマリーやルビーの存在を知ったからなのか、刻自身の苦悩や優しさに触れたからなのか。いつ、どのような心境の変化があったのかは、ハル本人にしかわからない。
──近づき過ぎなければ一緒にいても問題無いだろう。
その言葉を思い出し、胸がチクリと痛んだ。
これ以上、二人の間に出来た溝を埋めることはできないのだ。適度に距離を取り、近づき過ぎないようにすることがお互いにとって一番なのだ。そう言われているようにも感じた。
二人が仲良くしてくれたら、嬉しい。そう思う時もあるが、ハルの悲しみを考えると、口が裂けても言えなかった。
刻はハルがケーキを食べなくても気にしていない様子だったが、本当は気にかけているのだろう。殺し損ね、悲しみを背負わせてしまった、緑の片割れのことを。
日野は、ハルの気持ちを考えていなかった自分を悔しく思った。だが、刻のことも、今では自分にとって大切な友人だと認識している。
どちらか一方の味方をするということはできない。それならば──
「ハル!」
「っえ、ショウちゃん!?」
日野は、ハルを背後から抱きかかえてギュッと抱きしめた。
「結婚式、行ってみよっか!」
「……うん!」
ハルの心を癒せるかはわからない。だが、辛い記憶の数よりも、何倍も楽しい思い出を作っていこう。
過去を塗り替えることはできなくても、これからの未来を変えていくことはできる。私にできることは、できるだけ傍にいて、この子の成長を見守ること。
刻のことは、ローズマリーとルビーに任せよう。彼女たちなら、きっと大丈夫だ。
日野はハルを抱えたまま、グレンたちのいる方へクルリと振り返った。
「みんなでホシカゲ、見に行こう」
月明かりの下で、ぎこちない笑顔が咲いた。
「ああ、そうだな」
愛しい笑顔に向けて、グレンが短くそう答えた。すると、隣に立っていたローズマリーが、刻を見上げた。
「刻、私たちはどうしましょうか?」
「どうするも何も、行きたいのだろう?」
「ええ……でも、刻の体調が優れないなら私たちは──」
「問題ない」
ローズマリーの言葉を遮って刻が答えた。刻の大きな手が、ルビーの左手を掴む。そして、小さな右手が、ローズマリーに差し出された。
「行こう、ローズマリー」
「……そうね。それなら、行きましょうか」
小さな手をローズマリーが握り返すと、一行は街の中心へと向かって歩いて行った。
この街に来た時に見た、五つの鉢。大きな蕾をつけ、頭を垂れた白い花。多くの人に待ち望まれながら、一年に一度だけ、蕾を開く。その瞬間に巡り会えたのは、きっと何か意味があるはずだ。
無意識に歩く足が速くなる。日野たち一行は、結婚式という名の初めてのお祭りに胸を高鳴らせた。
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