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百六十八 お腹空いちゃったなー!

 雪道を歩き続け、新たな街に着いた頃、空はすっかり茜色に染まっていた。

 日野はチラリと後ろへ視線を向ける。歩いているうちに落ち着いたようで、刻は咳をしなくなっていた。

 夜になる前に街に辿り着けたのは幸運だった。今日はゆっくりと休ませてあげたい。そんなことを思いながら、日野は新しい街の中へ足を踏み入れた。

 ひとまず宿を見つけようと歩いていると、すれ違う街の人々が妙に慌ただしく動いているように見えた。


「忙しそうだけど、何かあるのかな?」


 日野は隣を歩くグレンに尋ねた。しかし、彼にも分からないようで、不思議そうに首を傾げている。


「この街には何度か来たことはあるが、ここまで慌ただしくしてる姿は初めて見たな。まあ、何かの祭りの準備でもしてるんじゃないか? この世界の人間は祭り好きが多いからな」

「お祭り……」


 グレンに言われて辺りをよく見回してみると、街の中心に人が集まっていた。そこには真っ白のクロスをかけた丸い大きなテーブルが置いてあり、その上に五つの鉢が置かれていた。白く大きな蕾をつけた花が頭を垂れている。

 立ち止まってジッとその花を見つめていると、グレンに腕を引かれた。


「ほら、行くぞ。先に宿を探さないと、夜になっちまう」

「あ……ごめん」


 ハッとして小走りに近寄ると、腕を掴んでいたグレンの手がするりと降りてきて、指を絡めるように二人の手が繋がれた。


「気になるなら、後で連れて行ってやるよ」

「うん。ありがとう」


 日野の短い返事に満足したのか、グレンがフッと笑みを浮かべた。その表情が愛おしくて、日野の頬は赤く染まっていく。

 手を繋いだまま、先を歩く皆の元へと向かっていくと、ルビーが難しい顔でこちらを見ていた。


「ルビーちゃん、どうしたの?」

「なんでもない」


 日野が尋ねるが、ルビーは目を逸らした。すると、近くにいたハルがルビーに駆け寄っていった。コソコソと耳打ちをしたかと思うと、ハルはスッとルビーから離れた。すると、


「あー! お腹空いちゃったなー! 刻、ローズマリー! お腹空いたなー! あー、お腹空いた!」


 ルビーがわざとらしく大きな声を上げた。そしてローズマリーの右手を掴むと、グイグイとその手を引っ張った。少し距離を置いて歩いていた刻の元へ、ローズマリーを無理矢理連れていく。小さな手が刻の左手を掴むと、ルビーを真ん中にして、親子のように三人の手が繋がれた。


「あらあら。それじゃあ、早く宿を見つけて夕食にしましょう。ケーキもあれば良いわね」

「うん!」

「ルビー」

「ん?」

「貴様、何を企んでいる?」


 ルビーの態度に違和感を覚え、刻がルビーを訝しげに見つめた。すると、ルビーは冷や汗を流しながら、刻から目を逸らした。誤魔化すように、再び大きな声を上げる。


「……あー! お腹空いたなー! あ、私グレンにケーキのある店がいいって言ってこようかな! そうする!」


 そう言うと、ルビーはバタバタとグレンたちの元へ駆けて行った。


「何だ、あれは?」

「さあ……ルビー、急にどうしたのかしら──!?」


 いつもと様子の違うルビーを心配しながら、ローズマリーはふと下を向き、ギョッと目を見開いた。みるみるうちに頬が赤く染まり、身体中が熱を帯びていく。

 いつの間にか、刻と手を繋いでいたのだ。大きな手のひらが、長い指が、自分の手を包んでいる。まるで恋人のように。


「あ……あ……」


 オロオロと慌てるばかりで言葉がうまく出てこない。ローズマリーは赤面したまま刻を見上げた。


「と、刻」

「なんだ?」

「あの……手……」

「不満か?」

「ふ、不満なんかないわ! むしろ嬉しいというか……えっと……その……」

「それならいい。行くぞ」


 グッと刻に手を引かれ、指先から伝わる体温を感じたまま、ローズマリーは歩き出した。

 初めてだった。初めて刻と手を繋いだ。身体の奥から嬉しさが込み上げてくる。叫びたくなる気持ちを抑えていたら、弾けてしまいそうだった。言いたいことはたくさんあるはず、話したいこともたくさんあるはず。だけど、言葉が何も出てこなかった。ただただ、繋いだ手が愛おしい。彼のぬくもりが心地良い。

 できるなら、ずっとこの時間が続けばいいのに。冷たい風に靡く白髪を見つめながら、ローズマリーはそう願った。




◆◆◆




 何を考えているのか、ルビーの様子がおかしい。街に着く前からコソコソと話しているのを見ると、緑の片割れに何かを吹き込まれたようだ。

 だが、何をしようとしている? 頭の中でグルグルと考えを巡らせているうちに、いつの間にかローズマリーと手を繋いでいた。

 ふと、自分よりも背の低い彼女の方へ視線を下げると、彼女は顔を真っ赤にして狼狽えていた。


「不満か?」


 嫌がられてはいないかと思い、そう尋ねてみた。すると、彼女は真っ直ぐに目を見つめて嬉しいと答えた。

 それなら問題ない。近づいて風邪をうつしてしまうかもしれないが、一度繋いだ手を離す気にはなれなかった。

 できることなら、もっと傍に引き寄せたい。そんな気持ちが自分の中に生まれてきた。

 ──好きだ。ローズマリーが俺をどう思おうが、俺はローズマリーが好きだ。気づいてしまった気持ちを止めることはできなかった。

 人殺しの自分に、人を愛する資格があるのかは分からない。だが、今はもう少しだけ、このままでいたいと思った。

 宿に着くまでだ。そう決めた。

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