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百六十五 鎖

 太ももを突き刺されたような痛みが走ったあと、意識が遠くなっていった。目の前には、どこか辛そうな顔をしたグレンと、眉間に皺を寄せてこちらを見つめ続けている刻がいた。瞼が重く閉じていき、二人が見えなくなった時、日野は遠くにニナの気配を感じた。

 キョロキョロと辺りを見回すと、真っ暗になった世界の中で、不気味な光に包まれながら、ぽつんとニナがうずくまっていた。その背後には、青い本が浮いている。

 また、この場所だ。日野は立ち上がり、ニナのいる場所へ向かって歩いて行った。すると、顔を伏せて泣き続けるニナの周りに見知らぬ人々が集まってきた。その人々はニナの近くを通り過ぎながら、顔を顰め、汚い言葉を吐き捨てていく。


『なんだい、このゴミはまだ回収されないのかい?』

『綺麗にすれば利用価値はありそうだけどね。買い手はいないの?』

『うわ、きったねー!』

『孤児を回収する組織がどこかにあるはずだよ。何に使うのかは知らないけど……探してみようか?』

『くっせえゴミは、はやく消えちゃえー!』


 ニナは声が聞こえないように耳を塞ぎ、泣き続けた。そして、ゆっくりと過ぎていくその光景に、日野は何かを思い出したようにハッと息を吸った。


「これってもしかして……グレンたちに会う前の記憶? それがずっとニナを苦しめてたの?」


 言いながら、青い本へ視線を向けた。

 青い本は、頷くように揺れた。そして、ふわりふわりと日野の元へ降りていった。日野が両手を差し出すと、バサリと重たい音を立てて本は手の中に落ちた。見ると、開かれているページに、文字が浮かんでいる。


 ──この地に囚われた魂を、新たなる世界へ。鎖を解く力は、金色の瞳にあり。これは、必要なこと。囚われし者の名は、ニナ。


「新たなる世界へ……もしかして、あなたはニナを別の世界へ連れて行こうとしてるの? 私と同じように」


 訊ねると、本が柔らかい光を放った。日野はそれを肯定と捉えた。青い本は、ニナを新しい世界に生まれ変わらせようとしている。

 そうすることでニナが苦しみから解放されるのなら、辛い記憶を忘れられるのなら、力になりたい。そう思い、日野は青い本に訊ねた。


「ニナを新しい世界に連れて行くためには、どうすればいいの?」


 青い本のページに、新たな文字が浮かび上がる。

 ──すでに失われている命の転生には、魂の宿主であったニナのすべての記憶が必要。


「すべての記憶……だから、あのニナが必要なんだね」


 日野は、泣き続けるニナを見つめた。


「でも、本当にこんな寂しい記憶まで必要なの? 忘れたくて、思い出したくなくて、ニナはこの場所に記憶を残していったんじゃないの? あなたはどうして……そんなモノまで守ろうとするの?」


 守る。無意識に発したその言葉に、日野は驚いた。どうして青い本が守ろうとしていると思ったのか、自分でもよく分からなかった。

 すると、青い本は、再びそのページの続きに文字を浮かべはじめた。じわりじわりと現れる文字を日野は見つめた。


 ──これも、ニナ。


 ページには、短くそう記された。

 文字はゆらゆらとした柔らかい光を放ち、それがとても温かく感じた。そして、日野の目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 幼い頃の記憶が、静かに蘇る。


『あんたって、あの人にソックリよね。ニコリともしないし、ほんと可愛げのない子』

『泣くな! そうやって泣けばいいと思ってるところがアイツにソックリだ』

『捨てちゃえれば楽なのにね、ほんと大変よ』


 幼い頃、小さなアパートの中で、両親が言い争うたびに泣いていた。顔を伏せて、耳を塞いで……今、目の前にいるニナと同じように。


「……似てるんだね、私たち」


 涙を流しながら日野がそう呟くと、青い本は日野の手元から浮き上がり、コクリと頷くように揺れた。

 どんなに辛く苦しい出来事だったとしても、それは今の自分を作り上げた大切な記憶。どんな私も私であることを、どんなニナもニナであることを、青い本は認めてくれていた。

 そう感じた時、突然、ジャラジャラと音を立ててニナの周りに黒い鎖が現れた。


「これが……ニナを苦しめてたんだね」


 日野は、黒い鎖を掴んだ。バチバチと火花ようなものを出して鎖が抵抗を示す。だが、日野は力を緩めなかった。硬い鎖の形を変えるほど強く握り締め、破壊の力を使ってそれを引きちぎった。


『お前、ひとりか?』


 鎖がちぎれた時、一瞬だけ、幼いグレンの声が聞こえたような気がした。そして、日野は目の前のニナを抱きしめた。


「もう大丈夫だよ。頑張ったよね、私たち」


 声をかけると、ニナの泣き声が止まった。眩しく輝く金色の光に、ニナの姿が溶けていく。

 青い本にまとわりついていた煙も消え、本はニナと共に光の中に姿を消した。


「これで……良かったのかな?」


 一人になった真っ暗な世界の中で、日野はホッと息を吐いた。

 しかし、休んでいる暇はない。今度はどうやって目を覚ますのかという問題にぶつかった。おそらくここは現実世界ではなく、夢か本の中。現実世界に戻るには目覚めるしかない。

 目を覚ますにはどうすればいいのか……。考えているうちに、なぜか周囲がどんどん明るくなっていった。徐々に人の声も聞こえてきて騒がしくなっていく。あまりの眩しさに、日野はギュッと目を閉じた。そして、光が落ち着いた頃にゆっくりと目を開けた。


「だから! 墓は残すって言ってんだろ!」

「でも大事な場所なんでしょ? わざわざ取り壊さなくたっていいじゃない!」

「もう決めたんだよ! おばさんが余計な口出しするな!」

「またおばさんって言ったわね!」

「おばさんにおばさんって言って何が悪いんだよ!」

「うるさーい! ショウちゃんがまだ眠ってるでしょ!」


 聞き慣れた声が、耳に届いた。

 パチパチと数回瞬きをして日野が目を開けると、そこには驚いた顔のみんながいた。

 身体を起こすと、ハルとアル、それにローズマリーとルビーが飛びついてきて、騒がしい三人と一匹の隙間から、ホッとしたように微笑んでいるグレンと、機嫌の悪そうな刻の姿が見えた。

 いつもと変わらない、明るく騒がしい現実に、日野は安堵したように柔らかく微笑んだ。そして少し申し訳なさそうに、声を出した。


「心配かけて、ごめんなさい」

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