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百六十二 そうか

「おい」


 呼びかけると、ハッとして日野がこちらを見た。

 黒と金の間をゆらゆらと揺れる瞳の色から、彼女が力に抵抗しているのが見てとれる。しかし、それももう限界のようだった。


「ふ、ふふ……」


 日野が楽しげに笑いはじめた。弾けたように飛び上がった彼女が、こちらへ向かってくる。


「クッ……」


 襲いかかってきた爪を間一髪で避けると、先程まで立っていた場所に、ドカッと大きな音を立てて穴が空いた。

 相変わらずの馬鹿力だ。幸い、現在の標的は自分一人に絞られているようで、ハルやローズマリーに攻撃を仕掛ける様子はない。取り押さえるなら今だろう。

 グレンはギリギリで日野の攻撃を避けながら、どこかに隙はないかと彼女の動きに集中した。すると、攻防を繰り返すうちにあることに気がついた。

 これまで、日野の攻撃を自分がギリギリで避けていると思っていた。しかし、鋭い爪が振り下ろされる時、躊躇したように一瞬だけ日野の動きが鈍るのだ。無意識に、彼女は避けられるような隙を作っている。


「傷付けたくないってか? それなら」


 意を決して、グレンは日野の懐に飛び込んでいった。そして雨に濡れた両腕で、彼女の身体をギュッと抱きしめた。

 予想通り、日野の動きが止まった。呻き声を上げながら、背中に爪を突き刺すことを躊躇している。


「捕まえた。ハル!」

「任せて!」


 日野の身体を離さないようにしてハルを呼んだ。そして、バタバタと近づいてきたハルが日野の腕に針の先端を向けた、その時。

 ──ドガッ

 日野の蹴りがハルを直撃し、小さな身体を吹き飛ばした。飛ばされた先の壁に後頭部を強く打ち付け、気を失ったハルはぐったりとその場に倒れてしまう。


「ハル! ──ガッ!?」


 日野は、ハルに気を取られて少し緩んだグレンの腕から無理矢理抜け出した。グレンの腹部を蹴り飛ばし、自身もぬかるんだ地面を蹴って飛び上がった。

 すると、バタバタとハルに近寄っていく人の姿が目に入った。ローズマリーだ。動いているものを視界に捉えたことにより、標的が切り替わる。

 スッと笑みを浮かべた日野は、ベチャリと音を立てて地面に舞い降りると、ローズマリーへ飛びかかった。怯えたように身を竦ませて、ローズマリーはその場から動かない。


「やめろおおおおお!」


 痛む身体を無理矢理起こし、グレンが叫ぶ。それを嘲笑うように、日野はローズマリーへ爪を振り上げた。

 ──もう駄目だ。

 ローズマリーはハルを庇うように抱きしめると、瞼を強く閉じた。すると、ガラガラと壁の崩れる音と共に、ローズマリーの身体はふわりと浮いたように軽くなった。打ち付ける雨の中に、少し風を感じる。

 恐る恐る、ローズマリーは目を開けた。


「刻!?」


 雨に濡れた白髪、金色に輝く瞳。目の前には、会いたいと願っていた彼がいた。ふと見ると、ハルも小脇に抱えられている。片方はまだ子供とはいえ、人間二人を軽々と持ち上げるその腕力に驚きながらも、ローズマリーは刻へ問いかけた。


「どうして、ここに?」

「……」


 だが刻は言葉を発することなく、こちらをジッと見つめ続けている。


「あの……刻? そんなに見つめられると穴が空いちゃうわ」

「そうか」

「いや、そうかじゃなくて!」


 ビシィッ──っと、何故か突っ込むような行動を取ってしまったが、それどころではない。刻に抱えられているから避けられているものの、日野の攻撃は今だに続いている。日野の動きに合わせて刻も飛び上がりながら移動しているせいで、上下左右に不規則に揺れる身体は酔ってしまいそうだった。

 込み上げてくる何かを抑えるようにローズマリーが口に手を当てた時、どこからともなく黒い馬が現れた。その背には、桃色の可愛らしいレインポンチョを羽織ったルビーが乗っていた。


「ルビー!?」

「ローズマリー! 迎えに来たよ!」


 ブンブンと手を振るルビーが、馬を止めた。

 刻は、飛びかかってきた日野を遠くへ思い切り蹴り飛ばすと、日野がその衝撃で痛みに苦しんでいる間に、ローズマリーとハルを黒い馬の傍に下ろした。


「この場から動くな。動くと標的が変わる」

「おっけー。はい、ローズマリー。これ傘」

「あ、ありがとう。刻、あなたはどうするの?」

「俺は──」


 刻は、ハルの小さな手に握りしめられていた注射器を取り上げた。そして、その先端から少量の薬を垂らすと、腹部を押さえてよろめいているグレンを見てフンっと鼻を鳴らした。


「手助けくらいはしてやろう」


 そう言って、刻はグレンの元へ一っ飛びで移動した。

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