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百五十九 離れるな

 車輪の音が、馬のいななきと共に止まった。夕暮れの空は不穏な雲をまとっている。震えていた院長先生が、馬車から飛び出した。


「ちょっ、先生!? ……クソっ、後先考えねぇ人だな!」


 孤児院の入り口まで駆けていく院長先生の背中に向けてそう言うと、グレンはニナを抱きかかえて馬車を降りた。

 抱えたニナを下ろし、走れるか? と確認すると、グレンはニナの手を引いて孤児院へ続く一本道を走り出した。


 ピタ、と院長先生の足が止まった。両手を口元に当てて、縫い付けられたようにその場から動かなくなった彼女の身体は、ガクガクと震えている。

 そして、追いついたニナとグレンは、彼女の先に広がっている光景に言葉を失った。

 ひとつ、ふたつと、転がっていたのだ。赤く染まった地面の上に、孤児院の子供たちが。ぐったりと動かないその姿に、ニナと院長先生がうろたえる。


「あ……あ……」

「なん……で……こんな……」


 すると、ボロボロと溢れ出して止まらない涙の先に、一人の青年の姿がぼんやりと映った。

 全身を真っ赤な血に染めた青年は、一人の子どもを抱えて立っていた。腕の中の子供は既に事切れているようで、ピクリとも動かない。

 その姿を見て、グレンが彼の名を叫んだ。


「ルーク!」

「遅ぇ……よ。ばかやろう」


 ニッと笑ったルークに向かって、グレンが走り出した。

 繋いでいたはずの手が離れ、ニナがグレンを追おうとした時、ルークの背後で人影が動いた。


「あがっ……!?」


 そして、サーベルが背後からルークの心臓を貫いた。一気に引き抜かれた傷口から鮮血が噴き出し、目の前まで来ていたグレンに降り注ぐ。ぐらりと傾いたルークの身体は地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「いやああああああああああ!」


 叫んだのは、院長先生だった。甲高い声で叫びながら、院長先生はサーベルを持った男に近づいていく。


「許さない……許さない……うちの子たちが一体何をした!? 私は……幸せを……この子たちに、ただ普通の幸せを……私は……」


 泣き叫ぶその声に気付いてか、建物の陰から数人の男が出てきた。サーベルの男も含めると十人はいるだろうか。

 目の前に集まってきた男たちは、サーベルや拳銃に斧など様々な武器を携えていた。


「悪いな、お嬢さん。あんたの両親の頼みなんだ。あれだけの金を積まれたら、俺たちも断るわけにはいかなかったんでね」

「う、うちも、娘の治療がかかってるんだ。この仕事を成し遂げたら治療費を負担してくれるって……」

「何にせよ、あんたは生捕りだ、院長先生。他のガキどもは全員殺す。悪く思うなよ」


 すると、男たちの言葉を遮るように、小さな声が聞こえた。


「……な」

「あ? なんだよ、お嬢さん。この子たちだけでも助けてくれってお願いならきけな──ガッ!?」

「生きて帰れると思うな……先生は今、そう言いました。グレン!」

「……ああ」


 男のサーベルを奪った院長先生が合図を出すと、グレンは走り出した。泣いているニナの腕を掴むと、守るように身構える。

 いつもの優しくにこやかな表情から一変して、怒りを露わにした院長先生の姿にニナが困惑していると、グレンが僅かに口角を上げた。


「うちの子供たちは俺たちも含め、育ち盛りで、ヤンチャで、面倒臭い性格の奴ばかりだ」


 コクリとニナが頷いた。確かにそうだからだ。


「そんな奴らをたった一人で守るなんて、気が強くなきゃ出来ねぇよ……俺やルークはそんな先生を慕って……」


 そう言って、グレンはルークの遺体へ視線を向けた。出会った頃からの記憶が、走馬灯のように蘇る。こらえようとしても溢れてくる涙を無理矢理拭って、グレンはニナへ向き直った。


「ニナ、お前は俺が守る。だから、俺の傍にいろ。絶対に離れるな。分かったか?」

「うん。大丈夫」


 ニナは、再びコクリと頷いた。

 その大丈夫という言葉を、グレンは離れないと受け取ったのだろう。ニナの頭を軽く撫でると、近づいてきた男たちに向かってその拳を振るいはじめた。

 しかし、日野にはそれとは真逆の言葉が聞こえていた。頭の中に響くように聞こえてきたのは、ニナの心の声。


 ──大丈夫。先生とグレンは私が守ってあげるから。私は、未来あるこの人たちの……盾になる。


 頭が痛い、ような気がした。ニナの心の声がこだまする度に、これまでニナたちが共に過ごした記憶が日野の身体を駆け巡った。

 その記憶は、院長先生、ルーク、子供たちの笑顔。そして、グレンの笑顔でいっぱいだった。

 彼を失いたくない。彼を守りたい。そんなニナの気持ちが痛いほどよくわかる。だけど、ニナが盾となって傷つけば、グレンの笑顔は消えてしまう。

 ──考えなおして、ニナ。グレンはあなたが盾になることなんて望んでない。

 日野は意識の中でニナに伝えようとするが、その言葉は届かない。

 ──お願い、ニナ。グレンに悲しい顔をさせないで。

 何度も何度もニナの名前を呼ぶが、日野の声はどんどん小さくなり、消えていく。そして、グレンの背中に向けて斧が振り上げられた時、ニナの身体はグレンの傍を──離れた。

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