百五十六 ベル病院へ
それは、ある程度予想のついていた話だったが、集まった三人の耳に院長先生の明るい声が響くと、グレンとルークは目を見合わせて喜んだ。
「予想通りだな」
「先生、本当か? 本当に受け入れてもらえるのか?」
「ええ。この辺りでも一番大きな病院で診てもらえる約束を取り付けたわ。そこなら、ニナの身体のことや治療法も見つかるかも……」
「良かった……良かったな、ニナ」
グレンが、ニナの華奢な身体を抱き寄せてクシャクシャと頭を撫でた。
くすぐったくて、温かい手の温度に安心する。だが、ニナは浮かない顔をしていた。それに気づいた院長先生は自室の椅子に腰掛けたまま、ニナへ微笑んだ。
「グレンの傍から離れたくはないだろうけど、しばらくの我慢よ。あなたの帰る場所は、ちゃんと私が守っておくから、安心して行ってきなさい」
「でも、病院代って高いんじゃ……?」
「大丈夫。ちゃんと指定された金額は集まったわ。何もかもバッチリよ。だから行くわよね、ニナ?」
院長先生は有無を言わさぬ笑顔でそう言った。
ここを離れたくない。そんな我儘は言えなかった。諦めたようにニナがコクリと頷くと、院長先生はホッとしたような顔をした。そして、グレンとルークに向き直り、言葉を続けた。
「グレン、あなたは私と一緒にニナの病院へ付き添って」
「ああ、わかった」
「病院へ行って戻って来るまで、馬車を使っても数日かかるわ。ルークはその間、子供たちの面倒を見ていてもらえるかしら?」
「……そうくると思った。しょうがねぇな、ガキどもの世話は俺に任せろ」
「決まりね。それじゃあ、急で悪いけど明日の朝食を食べ終わったら出発するわ。ニナは今夜中に荷物をまとめて」
「……うん」
ニナが再びコクリと頷くと、他三人も目を見合わせて頷き合った。
やっと、治してあげられるかもしれない。大きな病院ならば、何かしら治療法が見つかるかもしれない。小さな街の病院では手に負えず、途方に暮れていたところに一筋の光が差したような気がした。
翌朝、朝食を食べ終えたニナ、グレン、院長先生は、孤児院の子供たちに別れを告げて、迎えの馬車に乗り込んだ。
いくつかの街を抜け、時には川の近くの崖になっている道を通ったりもした。孤児院が遠くなっていくほどに、ドクドクと動悸がして、ニナの心は寂しさに押しつぶされそうになっていった。
そして、数日後。思っていたよりも早く、その街に着いた。そこには、これまでに見たこともないような、煌びやかな街が広がっていた。
街の中心には白い大きな建物があり、金色にギラギラと輝くベルの紋章がついているそれが、紹介を受けた病院だと院長先生が教えてくれた。だが、見た目は病院というより金持ちのお屋敷という感じだ。
「……なんか、落ち着かねぇな」
「そうだね……先生、入院じゃなくて通院じゃ駄目なの?」
「早く治すには入院がいいって、ここに繋いでくれたお医者さんも行ってたわ。わがまま言わない」
「……うん」
院長先生に優しく言い聞かせられ、ニナはしょんぼりと肩を落とした。そんなニナの肩を、グレンの手がぽんぽんと叩いた。
「とにかく行ってみよう。話はそれからだ」
グレンの言葉を合図に、三人は様子を伺うようにゆっくりと病院に入っていった。
そして、期待を膨らませて院内を進んでいく三人の姿を、日野が静かに見つめていた。
本当に上手くいくのだろうか? そんな疑問を抱えながら。
──お金が払えなくて、そこで治療を受けられなかった。
日野の中に、ハルの言葉が蘇る。
指定された金額は集まった。院長先生はそう言っていたが……何か手違いでもあったのではないか。
不安が胸の中で渦巻くが、今の自分に何か行動を起こすことはできない。できるのは、ただ見守っていることだけ。
どうか、上手くいきますように。無意識にそう祈りながら、日野は目の前の光景を見つめ続けた。