百五十四 涙
ベッドに腰掛け、ニナは食事の続きをとっていた。パクパクと食べ進めるたびに、ホッとするような美味しさが口の中に広がっていった。
「美味いか?」
「うん、美味しい。いつものグレンの味だよ」
薄く笑みを浮かべたニナの頭を、グレンの手が優しく撫でた。
「ルークの言ったことは気にするなよ。ああいう言い方しかできないが、あいつもニナのことを心配してるんだ」
「わかってる」
ニナは、コクリと頷いた。
誰よりも心配してくれているのは、院長先生やグレンやルークだということを理解している。そして、ニナという人間に残された時間が残りわずかであることも理解していた。
名前もわからない病気が身体を蝕んでいることを知ったのは、孤児院に来てしばらく経った頃だった。最初はただの風邪だと思っていた。だが体調は徐々に悪化していき、発作を起こして血を吐くまでになっていた。
医者を求めて近くの街をいくつか訪ねてはみたが、小さな病院では治療法は見つからなかった。
そのうち、孤児院がいつも経営難なのは自分のせいだと思うようになった。育ち盛りの子供たちが多いからだとか、古くなった孤児院の修繕にお金がかかるとか、三人はそう言うけれど、そうではないことを知っていた。
一番お金がかかっているのは自分の薬代だ。今、院長先生が留守にしているのも、診てもらえる病院を探すためだ。
だから、頼れない。これ以上頼れない。自分がいることで迷惑をかけているのなら、あの三人から……孤児院から離れ、病気を治す方法くらい一人で探すべきなのではないか。そう考えることが多かった。
「ニナ? どうした?」
「へ? あ……うん、大丈夫。ごめんなさい」
難しい顔にでもなっていたのだろう。グレンが心配そうに覗き込んできた。小さな頃から何年も一緒にいて、見慣れたはずの顔。だけど、今でもそれが近くにあるとドキドキと胸が騒いだ。
「ごちそうさま。美味しかった」
カチャンと小さな音を立ててニナがスプーンを置くと、グレンが隣に腰掛け、そっと身体を抱き寄せてきた。
大きな手が軽く頬に触れ、顔を上に向けられる。目が合うと同時に、優しく口付けられた。そして、二人は何度も何度も唇を重ね、名残惜しむように、ゆっくりと離れた。
「ニナ」
「なに?」
「なんにもねぇよ、呼んだだけだ。俺はこれから掃除と洗濯と昼飯の準備があるが、近くには必ずいるようにするから、何かあれば俺を呼べよ」
「うん……ありがとう」
ギュッと強く抱きしめて、ニナから離れると、グレンは空になった食器を持って部屋を出て行った。
するとニナの目から、ポロポロと涙がこぼれはじめた。
「ごめんね……グレン……ごめんなさい」
張り裂けそうな胸を押さえながら、ニナは泣いていた。
その一部始終を見ていた日野は、なんとも言えない感情に満たされていた。出来れば見たくなかった。でも、ニナを通して今いる世界を感じているため、目を背けることすら許されない。
モヤモヤと黒い雲がかかったようなニナに対しての感情と、切なく締め付けられるような二人に対しての感情が、ぐるぐると身体中を駆け巡っているような気がした。
すれ違っていることに気づかせてあげたい。だけど、気づいてしまえば、グレンにとって日野憧子という存在はどうなる? ニナを愛しているグレンは、私を捨てるのか?
……気持ちのやり場がなかった。落ち込んでいいのか、悲しんでいいのかわからなかった。泣きたいのは、こっちも同じだ。
日野も、流すことのできない涙を流しながら、静かな部屋で、ニナと共に泣き続けた。