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百五十二 朝食

 少し重たい食堂の扉を開けると、年齢の違う子供たちが十二人ほど集まっていた。

 大きな暖炉があるその食堂には、長いテーブルがあった。両側に七席ずつと上座があり、上座とその近くの片側二席は空いているようだった。

 ふと見ると、賑やかな食堂の中で、グレンが忙しそうに朝食を配っていた。歳が少し上の子たちは、配膳を手伝っている。真ん中辺りに座っている小さな子供たちは、お腹を空かせているのか、両手にスプーンとフォークを握りしめ、よだれを垂らしながら待っていた。

 ニナの身体はキョロキョロと辺りを見回すと、空いている席へと向かっていった。歩くたびに、子供たちがおはようと声をかけてくれた。だが、日野が返事をしようとしても、ニナの口は頑なに動かなかった。

 席につくと、コトンと音を立てて、目の前にスープが置かれた。野菜が沢山入っていて、健康に良さそうだ。野菜が嫌いな子供たちは、グレンに向かって文句を言っているが、彼はそれを気にも留めていない様子だった。

 すると、一人の子供が元気いっぱいに手を挙げた。


「グレン! 院長先生は?」

「院長先生なら、今日の夕方には帰るそうだ。お土産も買ってくるって手紙に書いてあったぞ」


 その言葉を聞いて、食堂はいっそう騒がしくなった。お土産はお菓子か、それともおもちゃか。そんな話で盛り上がっている様子を見ると、微笑ましく思えた。

 全員分の食事を配り終え、グレンが空いていた一番端の席、ニナの隣に座った。まだ誰も座っていない上座は、きっと院長先生の場所なのだろう。

 元気よくいただきますをして、みんなは一斉に朝食を口にしはじめた。ニナの身体も、そっとスプーンを手に取ると、スープを口にした。

 身体を自由に動かすことは出来なかったが、日野もその味を感じることができた。美味しい。いつものグレンの味だった。これは彼が作ったのだろう。

 小さな子供たちの汚れた口をかいがいしく拭いている彼の姿は、まるで保父のようだった。

 すると、斜め前に座る男の子が、苛立たしげに声をかけてきた。


「お前さ、久しぶりに食堂に来たのはいいけど、もう少し美味そうに食えないの? そのツラ見てると飯が不味くなるんだけど」

「おい、ルーク。やめろ」


 クルクルとフォークを回している、ルークと呼ばれた男の子の言葉をグレンが遮った。そして、ニナの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「気にするな」


 そう言ってにっこりと笑ったグレンの顔は、日野が今までに見たことのない穏やかな表情だった。それが自分に向けられたものでないと思うと、チクリと胸に何かが刺さったような感覚になった。


「グレンはニナを甘やかし過ぎなんだよ。こいつがいるせいで楽しい朝食が台無しだ」

「ルーク、やめろって言ったのが聞こえなかったのか?」

「聞こえないね。俺はニナみたいな女が大嫌いなんだよ。自分だけが不幸だってツラしやがって……」

「聞こえなかったならもう一度言ってやる。これ以上ニナのことを悪く言うなら──」


 グレンがそう言いかけた時、ニナの手が、カチャンと音を立ててスプーンを置いた。そのまま立ち上がり、その場を立ち去ろうとしたニナをグレンが引き止めた。


「おい、どこ行くんだ」

「……お腹いっぱいだから」

「そんなわけないだろ、一口しか食ってねぇじゃねぇか」

「大丈夫。残してごめんね。ありがとう」


 ニナはグレンの手を振り払うと、食堂を出た。

 パタパタと小走りして、ニナは裏庭へと向かった。そして、日のあたらない陰になった場所に座り込むと、目からポロポロと涙をこぼしはじめた。声をあげることもなく、ニナは静かに泣いていた。


 日野はただ、どうすることも出来ず、彼女の姿を見つめていた。今の自分には、声をかけてあげることすらできない。

 泣き続ける彼女の姿と、食堂でのグレンのあの表情から、グレンにとっての大切な人というのは、この子のことかもしれないと感じた。確証はないが、なんとなく。

 どこへも行くなと、グレンがそう言うたびに、自分ではなく他の誰かを見ているような感覚があった。それが誰なのか、やっとわかった気がする。

 チクチクと痛む胸を、今は押さえることもできない。どうしようもない、やり場のない感情に、日野は吐き出せない溜め息を吐いた。その時──

 突然、ニナの身体が発作を起こしたように咳き込みはじめた。そして、口元を押さえていたニナの手のひらに、真っ赤な鮮血が飛び散った。


「ニナ!」


 遠くに、グレンの叫び声が聞こえた。自分が出会ったグレンよりも、少しだけ高い声だ。だが、その声は次第に聞こえなくなっていった。そして、ニナの視界が揺れるたびに、日野の意識もぼやけていった。

 このまま眠ってしまえば、元の自分に戻れるだろうか。目が覚めたら、いつものグレンに会えるだろうか。そんなささやかな願いを込めて、日野は意識を手放した。

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