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百五十一 ニナ

 日野は、道のない森をかき分けて、グレンたちと共に雨の中を歩いていた。孤児院へはすぐに着くと彼は言っていたが、足が重く、少しの距離でさえ遠く感じた。

 ──私はゴミと同じ。どうせ捨てられる。

 歩を進めるたびに、独り言のような女の声が響いていた。そのせいか、しだいに頭が痛みを感じはじめ、日野は足を止めた。つられるようにハルとローズマリーも足を止め、それに気づいたグレンが振り返った。


「どうした?」

「グレン、ごめんなさい。私、頭が痛い。誰かの声がずっと聞こえてる。まだ我慢出来るけど、いつまでもつか……」


 今度こそ約束を守らなければ。その思いから、グレンへ体調の変化を伝えると、彼は心配そうな顔をしたが、どこか嬉しそうだった。そして、大きな手が日野の手を掴んだ。


「とにかく、孤児院へ行くぞ。それまでもつか?」

「大丈夫だと思う。たぶん」

「わかった。急ごう」


 ギュッと繋がれた手を引かれ、どのくらいの時間が経っただろうか。視界が眩み、どこをどう歩いたのかも覚えていない。

 グレンが自分を。ハルがローズマリーを。二人の男に先導されて、ようやくそこへ辿り着いた。

 どんよりとした空の下にあったのは、寂れた平家の施設だった。長い間放置されていたのだろう。外壁には枯れた蔓がまとわりついている。家の前に広がる庭も、枯れ木や雑草、そして雪で覆われていた。

 ザクザクと足音を立てながら進み、グレンが古くなった入り口をゆっくりと開けた。


「こっちだ」


 手を引かれ、日野も次いで中に入ろうとした。その時だった。

 ──ドクン

 日野の心臓が跳ね上がった。ズキズキと続いていた頭痛は、我慢できないほどに痛みを増し、視界は更にぼやけていった。日野は、グレンの腕にしがみつくように倒れ込んだ。


「おい! 大丈夫か!? 返事しろ!」

「ショウちゃん!」

「ショウコ! しっかりして!」


 三人の声が、だんだんと遠ざかっていく。痛みはそのままで、全身の力が抜けていく感覚がした。


「ハル、その先に食堂がある! 暖炉に火をつけろ! (いそ)──」


 慌ただしく動き出した周りの様子が、糸が切れたようにプツンと途切れた。

 真っ暗でなにも見えない。ただ、知らない女の声だけが響いていた。

 ──利用されてるんだ。私はただの便利な道具なんだ。

 女の独り言を聞きながら、日野はそっと目を閉じた。




◆◆◆




 目が覚めたのは、ベッドの上だった。近くの窓からは、明るい光が差し込んでいた。

 眩しい。もしかして、倒れたまま朝まで眠ってしまっていたのだろうか。

 日野は慌てて飛び起きると、グレンたちを探した。しかし、彼らの姿はどこにもなかった。

 どこへ行ってしまったのだろうかと辺りを見回すと、自分の今いる場所に違和感を覚えた。

 真っ白なふかふかの布団に、埃ひとつ無い綺麗な部屋。窓の外に見える景色は、色とりどりの花が咲く美しい庭だった。先程見た枯れ木や雑草はどこにもない。

 一体ここはどこなのだろう。気を失っている間に数日が経過し、新しい街に着いてしまったのか?

 疑問を抱きながらも、日野はベッドから出ようと足を伸ばした。その足は、可愛らしいパジャマのようなズボンを履いていた。

 こんな服……持っていない。上に着ている服も確認すると、履いているズボンと同じ柄のものだった。不思議に思い、考え込むようにふと自身の頭に触れた。

 すると、長かったはずの髪が顎の辺りまでしか無いことに気づいた。短くなった髪を掬い上げ、確認すると、その色は黒ではなく橙色をしていた。

 どうして……。

 日野は、そう独り言を呟こうとした。だが、声が出なかった。

 喉を痛めているわけでもないのに、何故声が出せないのだろうか。とにかく、グレンなら何か知っているかもしれない。彼に話を聞こう。

 日野は立ち上がり、部屋を出ようとした。そして、壁に小さな鏡が掛けてあることに気がついた。日野はゴクリと生唾を飲み、恐る恐る鏡へと近づいた。

 すると、覗き込んだそこに映っていたのは、見たことのない少女の姿だった。大人しそうな顔立ちだが、目が大きくて可愛らしい。だが、その目はどこか虚ろだった。

 これは自分じゃない。誰だ……?

 日野は混乱する頭を振って、とにかく部屋を出ようと扉へ近づき、ノブへ手をかけた。

 その時、ガチャリと向こう側から扉が開かれた。驚いてバランスを崩してしまった身体を、誰かの大きな手が支えた。


「おっと、(わり)ぃ。まだ寝てるかと思ってた」


 思わずギュッと閉じてしまった目を、恐る恐る開いた。すると目の前には、エプロンを着けたグレンが立っていた。

 頭にバンダナのようなものを巻いている彼は、自分の知るグレンよりも顔立ちが若いような気がした。

 グレン……? 本当にグレンなのか? 確認しようにも、声が出せない。どうしたものかと考えていると、自分の口が、勝手に言葉を話し出した。


「大丈夫。ありがとう、グレン」


 高く、可愛らしい声。それは、ずっと頭の中に響いていたものと同じ声だった。

 先程まで動かせていたはずの身体が、徐々に自分の意思で動かせなくなっていく。


「そろそろ朝食だ。起きたなら今日はちゃんと食べに来いよ、ニナ」


 グレンはそう言いながら、綺麗に畳まれたタオルを籠の中にしまって、部屋を出て行った。

 ニナ──それは誰だ? この姿をした女の子の名前なのか? 私は一体どうしてしまったんだろうか。頭がおかしくなったのか?

 そんなことを考えているうちに、身体は勝手に着替えをはじめた。可愛らしいワンピースに服を替え、ブラシで髪をといていく。

 日野憧子として思考はできる。だが、身体はニナとして動いているようで、言うことを聞かなかった。

 そして、日野が混乱している間に、準備を終えた身体は部屋を出て、食堂へと向かって行った。

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