百五十 墓
朝起きると、柔らかな光が窓から差し込んでいた。このまま眠っていたかったが、次に向かうのはハルの生まれ育った街だ。
早く連れて行ってあげたい。その気持ちが身体を動かし、眠たい目を擦りながら、日野は目を覚ました。だが、抱きしめられたままで身動きが取れない。目の前で眠るグレンの頬をペシペシと軽く叩きながら、彼を起こした。
「グレン、おはよう」
「……ん」
まだ寝ているようだが、腕の力が少し緩んだ。その隙に抜け出して起き上がると、日野は朝食の準備をはじめた。
穏やかな朝を迎えて、全員が食事と出発の準備を終えると、足早に街を出た。
ハルの生まれ育った街は、刻に潰されて以来、建物は破壊されたまま残り、人も住んでいないそうだ。
近隣の街の人間によって、徐々に瓦礫の撤去などは進んでいるそうだが、完全な更地にするためには時間がかかるらしい。
今日はハルの街を少し見たら、また次の街に向けて歩く予定だ。日差しが弱く、いつもより冷え込んではいるが、歩いて身体を動かしていれば問題ないだろう。
小さな手を引きながら、日野は先頭を歩くグレンの後について進んでいった。
ふと隣を歩くハルを見ると、いつものごとくハルの肩にアルも乗っていた。だが、何故か彼は朝からずっと眠ったままだった。疲れているのだろうか……。だが、すやすやと幸せそうに眠っているところを見ると、そこまで心配する必要もない気がしてくる。
可愛らしい寝顔を眺めながら歩いていると、次第に、瓦礫の山のようなものが見えてきた。
「ここが……街?」
目の前の光景に、日野は言葉を失った。
辺りの樹々はへし折られ、建物のほとんどは半壊し、残ったものにもヒビが入っていた。廃墟と化したこの街には、とても住めそうにない。
そこに冷たい風が吹き抜け、思わず身震いした。その時、ハルがニッコリと微笑みながら大人たちを見上げた。
「ボクが案内するね」
小さな手に引かれながら街中をしばらく歩いていると、一箇所にいくつもの墓石が建てられている場所があった。ハルはその中の、三つの墓石を指差した。
「これだよ。はじめまして。ボクのパパとママ、そして双子のお兄ちゃんのアルバートです」
「あ……はじめまして」
ハルの言葉に釣られて思わず挨拶を返すと、ハルが嬉しそうに笑った。
四角い小さな墓石には、それぞれの名前が刻まれていた。アルバートの文字や、辺りの様子を見ると、少し前に聞いたハルの過去が現実に起こったことなのだと実感した。
すると、グレンやハル、ローズマリーは墓石の前で目を閉じ、胸に手を当てた。この世界での祈りのようなものだ。日野も、両手を合わせて祈りを捧げた。
すると、ポツリと手に小さな雫が落ちた。見上げると、雲が空を覆い隠し、雨が降りはじめていた。
「……雨? 昨日まで晴れてたのに」
「チッ、まずいな。次の街までまだ時間がかかるぞ」
ポツリポツリと落ちてくる雨粒に、グレンが舌打ちした。傘を取り出して雨から身体を守ると、くるくると辺りを見回していたローズマリーが、ある建物を指差した。
「あの建物は壊れてないみたいよ。一晩くらいならあそこに泊まってもいいんじゃない?」
「駄目だ」
「どうして?」
「この街の建物は全部ヒビが入ってる。いつ崩壊してもおかしくない。立ち寄るだけならいいが、泊まるには危険だ」
「それじゃあ、ちょっと大変だけど、歩くしかないね」
日野が空を見上げてそう言うと、グレンは少し考えるような仕草をした後、街の外に広がる森を見つめた。
「この先に使われていない孤児院がある。そこなら建物が崩れる心配もないし、暖炉も残っていたはずだ。次の街に行くよりは近い。身体が冷え切る前に、そこへ向かうぞ」
「孤児院? 実際に見たことはないけれど、本当にあるのね、そういう施設」
「このままじゃ雨も強くなりそうだしね」
そう言いながら、日野はハルを見た。小さな口から白い息を吐いて、頬は少し赤らんでいた。平気そうな顔をしているが、その身体は少し震えている。
このまま進んで風邪を引かせてはいけないと、大人たちは孤児院へ向かうことを決めた。
しかし、歩き出した時、日野の頭の中に再び女の声が響いた。
──グレン? グレン?
「その名前……どうして?」
だが、声は聞こえても、自身の身体が変化する様子はなかった。
「大丈夫、かな」
拳を握ったり広げたりして、冷えた手の感覚を確認すると、日野は再び歩き出した。
一歩進むごとに、雨は次第に強くなっていった。次の街よりは近いと言えど、雨の中を歩くのはいつも以上に体力を削られる。
寒さに震えながら、なにかに呼び寄せられるように、日野たちは孤児院へと向かっていった。
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