百四十八 変化
空に瞬く無数の星が、静かな街を照らしていた。すっかり暗くなってしまった道を、日野たちは歩いていた。
寝坊してしまったせいで、街に着くのがいつもより遅くなった。
ここはハルの生まれ育った街の隣町。もう開いている店もほとんどなかったが、幸いにも泊まれる宿だけは見つけることができた。遅い時間にも関わらず、夕食は宿で用意してくれるそうだ。
日野たちは、少し狭い部屋に荷物を置くと、宿の中にある食堂へ出かけた。
「おいひい!」
「ったく、もう少し綺麗に食えよ」
静かな食堂の中、大きな肉を噛みちぎって汚れたハルの口元を、グレンがゴシゴシと乱暴に拭いた。
「いいわよね。私も男の子だったら、二人みたいに豪快に食べられたのに、残念だわ」
「一度はやってみたいね、あの食べ方」
今日の晩ごはんのメインは骨つき肉だった。男には夢のある食べ物だと思うが、女は少し食べづらい。豪快に噛みちぎりたいところだが、そうするわけにもいかず、日野とローズマリーは小さく切って食べ進めた。
ナイフの扱いに慣れていない日野は、たどたどしい手つきで肉を切り分けていった。そうして、今日も穏やかな時間が過ぎようとしていた、その時。
──ドクン
日野の心臓が、大きく脈打った。カシャンと音を立てて、日野の手からナイフが落ちた。
「……っう、く……」
「おい、どうした? どこか具合でも──!?」
突然苦しみはじめた日野に、グレンが触れた。そして、俯いた顔を上げさせると、日野の瞳は、ゆらゆらと金色に色を変えはじめていた。
「おい、お前らは離れろ」
綺麗に切り揃えられていた爪が、長く鋭くなっていく。このまま暴れ出されれば、ローズマリーを傷つけかねない。
傍にいては危ない。そう判断し、グレンはハルとローズマリーに声をかけた。
しかし、二人は動かなかった。そして、ハルが心配するように、ジッと日野のほうを見つめていた。
「おい! 離れろって言っただろ!」
危険だというのに、何をしているのかと、思わず大きな声を出した。すると、ハルの小さな手がゆっくりと上がり、日野を指差した。
「グレン。ショウちゃんの様子が変わった。大丈夫……かも」
そう言われ、グレンは日野の方へ向き直した。
すると、彼女の身体の変化は止まり、徐々に元に戻りつつあった。だが、日野は胸元を押さえながら咳き込んでいた。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめん、なさい。大丈夫……」
しばらく背中を撫でていると、日野は落ち着きを取り戻した。
「ショウコ、あなた大丈夫なの?」
「うん。食事中だったのに、心配かけちゃってごめんなさい」
「ご飯を食べ終わったら、ボクが診てあげるね」
「ありがとう、ハル」
「本当に平気か?」
「うん、大丈夫。グレンもありがとう」
少し落ち込んで元気の無くなった日野に、それぞれが声をかけた。
「それじゃあ、夕食の続きをいただきましょう!」
突然の出来事に、その場の空気は重く沈みかけていたが、ローズマリーの一言で明るさを取り戻した。残った夕食をいつもと変わりなく雑談をしながら食べ進めていく。
肉を頬張りながらも、グレンはチラチラと日野の様子を窺っていた。大丈夫──その言葉が嘘ではないか判断するためだ。
今までと比べて元気が無くなったのは見ていれば分かったが、身体の変化はもうないようだ。食事もいつも通りとれている。
「大丈夫……か」
日野の顔を見つめながらポツリとそう呟いて、グレンは口の中にあった肉を飲み込んだ。
アドルファスとの偶然の再会。アルが感じた鈴の音に、再び現れた日野の身体の変化。
少し前から、よくないことが続いている。
守れるか? 目の前の三人と一匹を。傷付けることなく止められるか? 変化した日野を。
そう自分に問いかけ、頭の中で最悪の事態を想定しながら、グレンは目の前のカップを手に取り、中のスープを口に含んだ。