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百四十 誰にでも

 珍しく怒っている。いや、いつも通りか。本人は笑っているつもりだろうが、ほとんど笑えていない。少し遠くにいる日野の表情が読み取れず、グレンは様子を窺いながら、彼女に近づいた。

 ただの雪玉といっても、顔に当たればそれなりに痛いはずだ。目の前に立つと、赤く染まった彼女の頬を両手で包んだ。


「大丈夫か?」

「うん。少し痛かったけど、もう平気」


 そう言いながら、日野はフッと顔を背けた。ずっと目を合わせているのは苦手なようだ。両手で顔を動かしてやり、無理に目を合わせようとすると、彼女の顔が更に赤くなった。

 可愛い。口が裂けても言えないそんな言葉が、今の彼女にはよく似合う。もっと触れていたいとも思うが、周りには目を光らせているマセガキと女がいる。

 ほどほどにしておかなければ、また茶化されるだろう。我慢するしかないと、グレンは日野から手を離した。その時、着岸した船から声がかけられた。


「おーい。兄ちゃんたち! そろそろ出発だぞー!」


 この川を越えて進んでいくと、ハルの育った街がある。そして、そこから少し離れた場所には……。


 ──グレン。私、死んじゃうのかな。


 ふと、表情を失くした女の姿が浮かんだ。しかし、グレンはそれを振り払うように頭を振ると、日野の手を引いて歩き出した。




 ここは、ゆらゆらと揺れる船の上。船と言っても、そんなに大きなものではない。ギリギリまで人や荷物を積み込んだあと、船頭が向こう岸まで運んでくれる。

 自分たち以外の人間も乗っているため、船上は少し騒がしかった。しかし、初めての船に嬉しくなり、日野は周囲を気にすることなく、楽しそうに水面を見つめていた。


「おい、あんまり身を乗り出すなよ。落ちても助けてやらねぇぞ」

「あ、ごめんね。船に乗ったの初めてで」


 グレンの声がした方へ振り返ると、彼は腕を組んで呆れたような顔をしていた。


「まあまあ、いいじゃない。船なんて滅多に乗れないんだから。私も小さい頃に家族と一度乗ったきりよ」

「ボクは乗ったのは初めてじゃないけど初めて乗った」

「どういうこと?」

「ボクが眠ってる間にグレンが川を渡っちゃったから、起きてる時に乗るのは初めて」


 そう言って、ハルはグレンに向けて頬を膨らませた。

 私がこの世界に来る前の出来事なのだろう。不機嫌そうな顔でグレンと睨み合っているところを見ると、ハルは起きている間に船に乗りたかったようだ。

 この先に、この子の育った街がある。グレンの生まれた街も、どこかにあるのだろうか。そう思いながら、日野は川の向こうに広がる森を眺めた。すると、隣に座っていたハルに声をかけられた。


「ねぇねぇ、ショウちゃんってどのくらい泳げるの?」

「うーん……ご、五メートルくらいかなぁ……」

「それは泳いでるんじゃなくて、浮いてるって言うんじゃないかな」

「カナヅチね……」

「川の中を見るのもほどほどにしておけよ」


 一応、少しは泳げると伝えたかったのだが、やはり五メートルでは泳いだうちに入らないようだ。身体を動かすのは得意ではないし、そもそも運動したいと思うことがない。

 なんの取り柄もない自分に呆れつつ、日野は小さく返事をした。

 するとその時、船頭が威勢のいい声で到着を知らせた。


「お疲れさん! みんな順番に降りてくれ」


 リュックを背負い、グレンが先に船を降りた。その後、グレンに抱えられながら、ハルが降りる。そして、日野も自身のリュックを背負って降りようとした。その時、スッと目の前に手が差し出された。


「気をつけろ」

「あ、ありがとう」


 大きな手に支えられ、日野は船を降りる。フラついた身体を、グレンに抱き留められた。ふんわりと鼻をくすぐる彼の匂いが心地良い。

 もう少しこのままでいたかったが、その腕はすぐに離れた。そして、彼の手はローズマリーに差し出された。


「あら、私もいいのかしら?」

「当たり前だろ。濡れて風邪でも引かれたら迷惑だからな」

「ほんと、素直じゃないわね。ありがとう」


 ローズマリーにお礼を言われたグレンは、フンっと鼻を鳴らしながら、日野と同じように彼女を抱き留めた。

 当たり前……そう。これはグレンにとって当たり前の行為なのだ。なにも自分だけに特別にやってくれていることではない。

 彼は、誰にでも優しい。それは、彼の良いところであるはずなのに、なんだか面白くない。やり場のない感情を抑えながら、日野はそっとグレンから視線を外した。

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