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百三十九 川のむこう

 ザクザクと足音を立てながら、雪道を進む。日野たちは、新しい街へ向かって歩いていた。

 冷たく澄んだ空気を吸いながら、オリバーの匂いがしないかと日野は警戒していた。しかし、彼の匂いもなければ、鈴の音もしないようだ。

 チラリとアルの方を向くと、小さなネズミはふるふると首を横に振った。

 もう、安全なのだろうか。ローズマリーが襲われることはないのだろうか。そんなことを考えていると、酷く寂しそうなオリバーの顔が頭を過った。

 彼は、あの時どうしてあんな顔をしたのだろうか。気にしても仕方がないとは分かっているが、考え出したら止まらない。日野は思考を遮るために、何度か深呼吸をした。

 その後も、温かいハルの手を引きながら歩いていると、目の前に大きな川が現れた。

 一度、この世界で大きな川を見たことがあったが、それより何倍も広く、長い川のようだった。


「すごい……」


 ポツリとそう呟いて、辺りを見渡した。広い川は凍ってはおらず、いくつかの船が行き来していた。どうやら人や荷物を運んでいるようだ。

 生まれてから一度も船など乗ったことがない。向こう岸まで行くのにどのくらいの時間がかかるだろうか。

 乗ってみたい。そんな気持ちが溢れ、見慣れない景色に胸が高鳴った。しかし、ふとグレンを見ると、彼は険しい顔で地図を見つめていた。


「グレン、どうかしたの?」

「ああ。この先のことで、ちょっとな」


 日野が覗き込むと、彼は言葉を濁した。その時、ハルが日野の袖を引いた。


「ショウちゃん、ショウちゃん」

「どうしたの? 寒い?」

「ううん。突然だけど……ボクとアルは、ここでみんなとお別れしようと思うんだ」

「……え?」


 眉尻を下げ、申し訳なさそうにハルが笑った。一体どうしたというのだろうか。突然の申し出に、驚くことしか出来なかった。

 すると、地図を見つめていたグレンが口を開いた。


「言うと思った」

「言うと思ったって……どういうこと?」

「本当はこの川沿いに進んで行ったほうが、おじさんの街には近いんだ。だが、この川の向こうには……」

「ボクたちの育った街があるんだ。近くに来たから、少し様子を見にいきたくて……ルビーちゃんのことも心配だけど、ボクは……お墓を……」


 言いかけて、ハルが顔を伏せた。失った家族の墓を守ることも、ハルにとって大切なことなのだろう。

 グレンも、ハルがそう言い出すことを分かっていて、悩んでいたようだ。

 しかし、この寒さの中を子供だけで行かせるわけにはいかない。ハルにとって必要なら、一緒に行ってあげたい。だが、ローズマリーは早く刻やルビーに会いたいはずだ。

 彼女を一人にするわけにもいかないし、グレンと離れたくはない。ハルとアルだけで行かせるのも心配だ。全員が納得できるいい方法はないだろうか。

 日野が頭の中でぐるぐると考え込んでいると、ローズマリーの明るい声が響いた。


「いいわよ、遠回りでも」

「でも、ボクのせいでルビーちゃんを探すのが遅れちゃう……」

「ルビーなら大丈夫よ。ちゃんと刻が守ってくれるわ。この雪の中を子供だけじゃ大変よ。一緒に行きましょう」


 ローズマリーがそう言うと、ハルは窺うように日野とグレンを見た。


「できるだけ一緒に行動した方がいいだろう。遠回りでいいってんなら、そうすりゃいい」

「ハルが嫌じゃなければ、私も一緒に行きたいな」


 二人がそう言うと、ハルは嬉しそうに笑って、屈んだ日野の胸に飛び込んだ。珍しく甘えるその姿に、日野はハルの頭を撫でながら微笑んだ。

 それから、日野たちは次の船が出発する時間まで待つこととなった。岸で遊んでいる男たちを眺めながら、日野は隣にいるローズマリーに声をかけた。


「あの、ローズマリー」

「なに?」

「本当に大丈夫なの? 早く刻やルビーに会いたいはずなのに、付き合ってくれて……」

「いいのよ。今までにない別れ方をしたから、どんな顔で会えばいいのか私もまだ分からないし。それに、刻はルビーを必ず守るわ。アイザックさんのところへも辿り着ける。そんな気がするから、今はあまり心配してないの。だから大丈夫よ」

「そっか……それならよかった」


 ローズマリーが我慢しているのではないか。そんな風にも考えていたが、いらぬ心配だったようだ。日野がホッと息を吐くと、目の前にいるローズマリーが何かに驚いたような表情をした。


「ショウコ、危な──」

「──っぶ!?」


 その瞬間、どこからか飛んできた丸い雪玉が、日野の顔面に命中した。当たった衝撃で顔中に飛び散った雪が、パラパラと落ちていく。冷たさと、何倍にも増した痛さで、日野は言葉が出ないまま立ち尽くしていた。


「わ、悪ぃ……」


 雪玉を投げた張本人が、冷や汗を流しながら謝ったが、そんなことはどうでもよかった。痛い……ただただ痛かった。

 両手を使い、顔についた雪をパタパタと落とすと、日野はグレンににっこりと微笑んだ。

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