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百三十八 ぬいぐるみ

 早朝、爽やかな空が広がる街で、小さなぬいぐるみの店が開店した。そこに並べられている商品は、動物や野菜の形をしたぬいぐるみが多くを占めている。

 そんな店の中でも、一番人気の商品があった。それは、動物でもなく、野菜でもなく、人の形をしたぬいぐるみ。

 ポケットに入ってしまうくらいの小さな身体に、細い手足。ひとつひとつ表情の違うそれは、この店を営む夫婦の手作りだ。

 贈り物などで特別に注文を受けた場合には、希望する人物の容姿を聞き取り、性格なども簡単に確認した上で、製作に取りかかる。

 このぬいぐるみを目当てに訪れる客は、恋人や夫婦などが多かった。そのため、二体での注文がほとんどなのだが、昨日の客はその四倍のぬいぐるみを注文していった。

 夫婦で力を合わせ、なんとか一晩で仕上げることができた八体のぬいぐるみ。それらは、外が明るく照らされはじめた頃に、仲良くカウンターに並べられた。

 何時間も続いた作業で固まった身体をほぐすために、店主は伸びをした。その時、ガランと扉の開く音がして、寒そうに身体を震わせながら、昨日の客が入ってきた。

 店主は疲れた目を擦ると、彼女らに笑顔を向けた。




 今日も騒がしい一日が始まった。日野は、出発の準備を済ませると、まだ寝ぼけているグレンを連れて宿を出た。

 幸い、朝起きてリュックを背負うまでは習慣化しているようで、寝ぼけたままでも彼はテキパキと準備をしてくれた。

 相変わらず寝起きは悪いようだが、そろそろ寒さで目を覚ますだろう。そう思いながら、日野はたどり着いた店の扉を開けた。


「おや、いらっしゃい」

「おはようございます。朝早くからすみません」


 挨拶をして中へ入ると、店主とその奥さんがにこやかな笑顔で迎えてくれた。日野とグレンに続いて、ハルやローズマリーも店の中へ入っていく。

 そして、カウンターに並んだぬいぐるみたちに気がついた。


「わあ……かわいい」


 日野は、そっとグレンのぬいぐるみを手に取ると、彼と同じ栗色の頭を撫でた。目付きの悪さがそっくりだ。コートも細かく作られていて、着せ替えもできるようになっていた。


「ショウちゃん、見て見て! ボクたちもザック先生もそっくりだよ!」


 声のした方へ視線を向けると、ハルがアイザックのぬいぐるみを差し出してきた。にこやかな医者のぬいぐるみは、確かに先生にそっくりだ。

 カウンターの上では、ネズミのアルが、双子のぬいぐるみと手を繋いで遊んでいた。

 嬉しそうな姿に、頬が緩む。そのまま少しの間カウンターを眺めていると、刻、ルビー、ローズマリーのぬいぐるみがいつの間にか消えていることに気がついた。先程までカウンターの上に並べられていたはずだが、どこへ行ったのだろうか。

 日野がくるくると辺りを見回していると、くいくいとハルに袖を引かれた。


「あっち」


 日野は振り返り、小さな彼の指が刺す方へ視線を向けた。そこには、三体のぬいぐるみを抱えて、声にならない声を上げながら悶絶しているローズマリーがいた。


「……ローズマリー、大丈夫かな?」

「幸せそうだからいいんじゃない?」


 倒れたままのローズマリーを心配する日野を余所に、ハルはクスクスと笑っていた。すると、後ろからコツコツと足音が聞こえた。

 音のした方へ振り返ると、グレンがカウンターの前に立ち、手に取った日野のぬいぐるみを、ジッと見つめていた。

 ようやく目が覚めたようだ。夫婦が作ってくれたぬいぐるみを、彼は気に入ってくれるだろうか。そう思いながら、日野はグレンに近づいた。


「おはよう。ぬいぐるみ、みんなそっくりで可愛いね」

「ああ。一晩でこんなにいいものが出来上がるとは思ってなかった」

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったよ。なあ、母さん」

「ええ。気に入っていただけたようで何よりね」


 皆の嬉しそうな表情を見て、夫婦の顔も綻んだ。

 ぬいぐるみも無事に引き取ることができ、日野がふと外を見ると、街は太陽に明るく照らされていた。そろそろ出発しなければ、夜までに次の街へたどり着けない。

 旅の途中で汚れてはいけないと思い、日野はグレンのぬいぐるみをリュックに入れた。ハロルドとアルバート、それにアイザックのぬいぐるみも預かった。

 そして、グレンの持っている自分のぬいぐるみもリュックに入れようと、彼に向かって手を出した。


「グレン、一緒に入れておくよ」

「…………から……いい」

「え?」


 目線を逸らし、ボソボソと小さな声で言った彼の言葉が聞こえなかった。聞き返そうとしたが、なぜか顔を背けられた。

 すると、グレンの言葉が聞こえていたのか、ハルがクスクスと笑った。


「これは俺が持ってるからしまわなくていい、って」

「あ……そう言ってたんだ。ごめんね、よく聞こえなくて」

「可愛いから手放したくないって正直に言えばいいのにね」

「なんか言ったか?」

「いいえー、なにも」


 茶化すようにそう言ったハルをグレンが睨んだ。そんな彼の顔は少し赤らんでいて、なんだかこちらも恥ずかしくなってきた。

 グレンがずっと持っていてくれるなら。こんなに嬉しいことはない。彼のポケットに入っていく自分のぬいぐるみを見つめながら、日野は微笑んだ。

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