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百三十六 あなたもよ

 温かい店内に、ガランと音が響き、冷たい風が入り込んだ。店の夫婦に八人分の容姿の特徴を伝えていた日野たちは、身体を震わせながら、音のした方へ振り返った。

 そこには、寒さで鼻を赤くしたハルがいた。日野は駆け寄って来たハルに、ぬいぐるみを作ることを伝えた。

 するとハルは、アルという存在が二つあることを主張した。弟のアルバートのぬいぐるみは人の形に。ネズミのアルは、ハルのぬいぐるみの肩に付けるようにしたいそうだ。

 いつになく真剣な顔で話す彼に、大人たちは笑顔で頷いた。

 そして、夫婦は快く依頼を受け入れ、出来上がりの予定は明日の朝となった。注文を終えると、グレンは深い溜め息を吐きながら、支払いを済ませた。

 ぬいぐるみの店を出ると、日野たちはハルの案内で、人形用の服の店へと向かった。欲しがっていたアルのための服を買ってもらうと、ハルは両手を上げて喜んだ。

 まるで本当の兄弟のように、嬉しそうにじゃれあう少年とネズミ。仲の良い二人を見て、日野はそっと微笑んだ。

 そんな予定外の出費が続き、グレンは財布が空になってしまったと嘆いていた。

 そうこうしているうちに、空は鮮やかな青紫から、黒に近い青へと色を変えた。

 辺りの店もあらかた閉店したようで、飲食店の明かりがポツリポツリと目立つだけとなってしまっていた。

 最後に、当面の生活費を確保するため、日野たちは情報屋を探した。しばらくして見つけ出した店は、小さな靴の修理屋だった。扉を開けると、すぐ目の前に店主が座っていた。その店は非常に狭く、客が一人入れる程の広さしかない。

 グレンが話をしている間、日野とハル、アル、そしてローズマリーは外で待っていることとなった。


「遅くなっちゃったけど、宿って空いてるかな?」

「ボク、ショウちゃんたちのところへ行く前に宿の前を通ったけど、空室ありって書いてあったよ」

「よかった……冷たくなっちゃってるから、早く温まろうね」


 そう言って、日野はハルの頬を両手で包んだ。夜の寒さのせいで、小さな身体は冷たくなっていた。しかし、先に宿へ行くにも、お金がない。

 まだかまだかとグレンの帰りを待っていると、修理屋の扉がゆっくりと開いた。


「待たせたな。行くぞ」


 その声に、ハルとローズマリーの顔がパッと明るくなった。

 日野たちは足早に宿へ向かうと、受付で部屋割りをどうするかと話しはじめた。前回と同じでもいいし、男女で別れてもいい。

 わいわいと話し合いをする大人たち。その声を傍で聞きながら、ハルは一瞬だけ寂しそうな顔を見せた。すると、そんなハルに気付いたグレンが、深緑色の髪をクシャクシャと撫でた。


「四人全員が入れる部屋はあるか?」

「はい。四人部屋がございます」

「それでいい」

「かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎください」


 鍵を受け取り、先に歩き出したグレンの背中に、ハルが飛び乗った。


「……ありがとう」

「うるせぇ。重いんだよ。降りろ」


 耳元で囁かれた幼い声に、フンっと鼻を鳴らすと、ハルを背に乗せたまま、グレンはズカズカと進んでいった。


「仲良しね」

「うん。きっとグレンはハルにとって、お兄さんみたいな、大切な存在なんだと思う」

「それもそうだけど。あなたもよ、ショウコ」

「……え?」

「私と同じ部屋になった時ね、あの子、寂しそうな顔をしてたの。私が目を離すたびに、ショウコたちのいる部屋の方を向いて。きっと、どちらが欠けてもいけないのよ。あの子にとっての、お兄さんとお姉さんは、あなたたちじゃないと駄目みたい」


 ローズマリーは、そう言って微笑んだ。そして、その言葉を聞いた日野の目には、涙が溜まっていった。

 お姉さん……そんな風に思われているかもしれないと考えると、嬉しかった。以前にもグレンに同じようなことを言われたことがある。しかし、今までお姉さんらしいことは何一つしてあげられていない。むしろ、ハルに助けられることの方が多いくらいだ。

 ハルと一緒に過ごせる時間も、限りがあるかもしれない。ずっとこの世界にいられたとしても、いずれ彼は大人になって離れてしまう。そう考えると、なんだか寂しくなった。


「一緒にいられる時間を、大切にしなきゃね」

「ええ。私も、刻やルビーとまた会えたら、二人との時間を大切にするわ」

「うん」


 流れ落ちそうになった涙を拭うと、日野はローズマリーに微笑んだ。

 凍えるような冷たい夜なのに、胸の奥からじんわりと温かいものを感じる。どんな日も、どんな場所でも、彼らと一緒なら、進んでいける。あなたたちじゃないと駄目なのは、私のほうだ。

 失いたくない。この人たちは、私が必ず守ってみせる。そう心に誓って、日野は男たちの背中を追った。

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