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百三十五 おもちゃの街

 絶え間なく降り続く雪の中を、日野たちは進んでいた。

 ひんやりとした風が頬を刺激するが、身体は温かい。太陽が出ているうちは、動くことで体温を保つことができた。しかし、この辺りは夜になると急激に冷え込むそうだ。

 日野は、青紫色に沈んでいく空を眺めながら、ふうっと白い息を吐いた。刻とルビーちゃんは大丈夫だろうか。考えても仕方がないのは分かっているのだが、心配でならない。

 もし、二人が雪の中で倒れていたら……。そんな最悪の状況しか想像できない自分が嫌になった。

 すると、ずっと繋いでいた温かい手が、日野の手をくいくいと引っ張った。


「ショウちゃん、見えたよ。次の街」


 繋いでいないほうの手で、ハルが指差した。その先には、ポツリポツリと家が見えてきていた。


「よかった。日が落ちる前に着けたね」

「お腹空いたわ……足も痛いし、くたくたよ」


 いつの間にか、隣を歩いていたローズマリーがそう言った。ふと後ろを見ると、グレンは畳んだ地図を片手に、それを眺めながら歩いていた。

 今夜の夕食は何にしようかと、グレンを除いた三人と一匹で話しながら進んでいくと、ようやく次の街へとたどり着いた。


 そこは、まるでおもちゃ箱のような街だった。

 ぬいぐるみや人形を扱う店が多く並び、その間に、花屋や楽器屋などもちらほらと見かけた。

 建物の外観も色とりどりで、どこからかオルゴールのような音も聞こえてくる。まるで、夢の中にでもいるかのようだった。

 ローズマリーはこの雰囲気が気に入ったのか、辺りを見回しながら目を輝かせていた。しかし、グレンはあまり好みではないようで、甘過ぎる街の雰囲気に顔をしかめた。


「うげ……落ち着かねぇ街だな」

「まだお店開いてるんだね。ローズマリーも楽しそう」


 日野とグレンは宿を探しつつ、ローズマリーから目を離さないように歩いていた。すると、グレンの黒いコートがぐいぐいと力強く引っ張られた。

 振り向くとそこには、何かをねだるように、大きな目を潤ませているハルとアルがいた。


「グレン! アルに合う服がないか少し見てもいい? あったら買ってくれるよね?」

「当たり前のように言いやがって……わかったよ。早く探してこい」

「わーい! ありがとう!」


 グレンが許可を出すと、ハルは大喜びで駆けていった。

 日野は、遠ざかっていく小さな背中に手を振りながら、おねだりして約束を取り付けるまでの早さに感心していた。しかし、子供一人で行かせて大丈夫だったのだろうか。

 そう思っていると、ひらひらと振っていた手を掴まれた。そして、繋がれた二人の手は、黒いコートのポケットに入った。


「あいつらは少しくらい放っておいても死にはしない。それより、ローズマリーの傍に行くぞ。あの女を見失うほうがまずい」

「そ……そうだね。オリバーがまた狙ってくるかもしれないし」


 グレンの温かい手の温度を感じて、自身の頬が赤く染まっていくのが分かる。トクトクと速くなる鼓動が、伝わってしまわないだろうか。

 隣を歩く彼の横顔に小さく微笑むと、日野は前を向き、ローズマリーに声をかけた。


「ローズマリー、何かあったの?」


 少し遠くにいた彼女の背中にそう投げかけると、彼女はパッと明るい顔で振り向いた。ぶんぶんと手招きするローズマリーの元へ、二人は近づいていく。

 ローズマリーの目の前、大きなガラスの向こうには、人の形をした小さなぬいぐるみがたくさん置かれていた。それらは全て髪色や表情が異なり、ひとつひとつ手作りされているようだった。

 その中の、白い髪をしたぬいぐるみを、ローズマリーはしきりに指差していた。


「グレン! これ買ってちょうだい!」

「なんで俺が……お前、情報屋だろう。金なら腐るほどあるんじゃないのか?」

「あるけど、それを全部持ち歩くなんて出来るわけないじゃない! それに、今まで持ってたお金はもう使っちゃったわ!」

「それなら、この街で働いて稼ぐんだな」


 そろそろ日常となりつつある二人の言い争いがはじまった。お金はいつか返す、店に戻れば山ほどある。そう言って、ローズマリーがグレンに泣きついていた。

 それを横目に、日野は先程までローズマリーがいたガラスの前にしゃがみ込んだ。彼女が指差していたものを探してみる。すると、白い髪をしたぬいぐるみを見つけた。

 それは、見た目や無愛想な表情まで、刻に似ていた。作りもしっかりしていて、とても可愛らしい。

 もし、グレンに似たものがあれば……そう思い、日野は無意識に、栗色の髪のぬいぐるみを探した。しかし、同じ髪色のぬいぐるみはあれど、似た顔のものはそこにはなかった。


「さすがに無いか……ん?」


 残念な気持ちになりながらも、そのまま眺めていると、上の方に、小さな看板が下げてあるのを見つけた。


「特注品のご相談……承ります」


 これなら、グレンのぬいぐるみが作れるかもしれない。

 そう考えたが、やはり特注品ともなると値段もそれなりにするだろう。自分で使えるお金はもっていないし、グレンも今はみんなにおねだりされている。

 わがままを言うわけにもいかない。この旅が落ち着いて、自分で働けるようになったら買いに来よう。

 そう思って、ハッとした。今、自分がこの世界で生きていくことを前提として考えていた。いつか元の世界に戻されてしまうことだって有り得るというのに。


「ずっと……一緒にいられたらいいのにな……」


 そう呟いてみると、なんだか無性に切なくなった。炭酸水をかけられたような、シュワシュワとした刺激で胸が苦しくなっていく。

 するとその時、突然腕を掴まれ、立たされた。驚いて顔を上げると、グレンに腕を引かれていることに気がついた。

 グレンは日野を引きずるようにして、店の中に入っていく。突然どうしたというのだろうか。ローズマリーのほうを見ると、彼女は満足そうに微笑んでいた。


「あの……グレン。ちょっと」


 呼びかけるが、彼には聞こえていないようだ。店の奥に進んで行くと、店主が二人に気づいた。


「いらっしゃい」

「ジジイ! 特注のぬいぐるみは一晩で何体作れる?」

「おやおや、あんたどれだけいるの?」

「八体だ!」

「できんこともないがねぇ。おーい、母さん。注文だ」


 近くにあった階段の上に向かって、店主が声を投げかけた。すると、奥さんらしき女性が降りてきて、明日までに八体のぬいぐるみをどう仕上げるか話しはじめた。

 それにしても、八体とは多過ぎやしないか。刻に、ローズマリーに、他は誰のぬいぐるみだろう。

 考えていると、隣にローズマリーがそっと現れた。


「刻、私、ルビー。ショウコ、グレン。ハルくんとアルくん。それに、かぼちゃの街で刻を助けてくれたお礼に、アイザックさんの分も。これで八体よ」

「あ……そっか。それにしても、よくグレンに許可してもらえたね」


 驚いたように日野がそう言うと、ローズマリーはふふんと悪い顔をして笑った。


「私はただ、ショウコ……欲しそうに見てるなぁ。って、言っただけよ。あとは、買うことが決まれば数を増やすなんて簡単だから」


 可愛らしい笑顔で、彼女はなんだか凄いことを言っているような気がする。自分には到底できないだろう。日野は、ローズマリーに尊敬の眼差しを向けて、パチパチと手を叩いた。

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