表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/203

百三十三 望み

 うるさい。複数の男の声がする。お腹も空いた。なんだか額が痛い。目を開けたい気もするが、開ける気になれない。ふかふかと肌に触れる布団が心地良い。いま体勢を変えたら、この感覚がなくなってしまいそうだ。ここがどこだか分からないが、もう少しこのままで眠っていよう。

 うるさい。近くで鼻歌が聞こえはじめた。誰だろう。私の身体を拭いて、服を替えてくれているようだ。でも目を開ける気にはなれない。もう少し、もう少し眠っていたい。


「あげませんよ? ここは私の病院ですから、食事も徹底して管理させていただきます。しばらく甘いものは禁止です」


 うるさい。声が大きい。そして服を替え終わったというのに、鼻歌も止まらない。いつまでご機嫌でいるのだろう。


「うるさいなあ」


 ポツリとそう呟いた時、すぐ傍でひときわ大きな声がした。


「ザック先生!」


 ガタンと何かが動いた音に、パタパタと駆け寄ってくる足音。心地良い感覚を邪魔され、ルビーは渋々目を開けた。

 目の前には白衣の男女がいた。男のほうはなんだか見覚えがある。そしてその奥には、驚いたような顔をして刻が立っていた。

 なんだろう……私は刻に何か言おうとしていた。刻に……刻に……。

 思い出そうとした時、ふっとローズマリーの笑顔が浮かんだ。ルビーは勢いよく上体を起こすと、刻に向かって叫んだ。


「ローズマリーは!?」

「目が覚めたか。ローズマリーはあの街に残った。ここにはいない」

「なんで!? どうして置いてきたりしたの?」

「ローズマリーが望んだことだ。今は憧子たちが傍にいる」


 そう言って、刻が視線を逸らせた。

 ローズマリーが刻と離れることを望んだ……そんなはずがない。あのフード男のせいだ。あのフード男が余計なことを言ったからだ。あいつのせいで二人は……。

 怒りと悔しさで、力任せに毛布を握り締めた。すると、小さな拳に、大きな手がそっと触れた。


「おはようございます、ルビーちゃん。お腹空いたでしょう? 取り敢えず、軽くごはんを食べましょう。話はあとでゆっくり聞かせていただきます」


 目線を合わせるように屈んで、白衣の男がそう言った。

 この笑顔……やはりどこかで見たことがある。記憶を手繰り寄せて、ハッと思い出した。服装は違うが、かぼちゃの街で会った男だ。アイザックという名前で、医者をしていると言っていた。あの時は、血塗れだった刻を助けてくれた。そして今は私を……。

 医者はあまり好きではない。だが、この人はショウコたちとも知り合いのようだった。刻が警戒している様子も全くない。信じても良いのか?

 心に不安を残しながら、ルビーはコクリと頷いた。




◆◆◆




 病院のごはんは野菜や魚中心で、想像以上に薄味だった。美味しいかと聞かれたら、別に美味しくはないと答えるだろう。だが、好き嫌いのないルビーは、すぐにそれを完食した。

 ここに来るまでのこと、刻が熱を出していること、ローズマリーのこと。食べている間に、二人からいろいろと話を聞いた。

 たしかに、ローズマリーは刻に残ると言ったかもしれない。しかし、やはりそれが本心だとは思えなかった。

 ルビーは、オリバーといた地下での出来事を二人に話した。「捨てられた」「刻は助けに来ない」オリバーはローズマリーにそう囁き続けていた。

 苦しそうに涙を流し続けるローズマリーの姿を思い出し、ルビーの目に涙が溜まっていく。そしてルビーは、オリバーの言葉を刻にそのままぶつけてみることにした。


「ねぇ、刻。ローズマリーと手を繋いだことある?」

「なんだそれは。そんなこと──」

「大事なことなの! どうなの!?」

「……ない」

「キスしたことは? 抱き締めたことある?」

「あるわけないだろう。俺は──」

「刻は、ローズマリーのこと……好きじゃないの?」


 震える声で、そう尋ねた。驚いたような刻の表情がぼやけていく。赤い瞳から涙がこぼれ、頬を伝い落ちていった。

 二人に一緒にいてほしい。仲良くしていてほしい。両親にさえ抱かなかった感情が、堰を切ったようにあふれ出した。

 いい暮らしをしたいわけじゃない。どんなに苦労したって構わない。ただ、二人には仲良くしていてほしかった。望んでいることは、それだけだった。

 しかし、刻がルビーの問いに答えを出すことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



──────柚中眸の作品一覧──────

【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

Twitter

OFUSE(柚中のブログやイラストなど)


────────────────────


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ