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百二十八 酒

「オリバー、飲み過ぎ」


 黒猫は目の前の男に声をかけた。

 しかし、男はその声が聞こえていないふりをして、両隣に座る女と笑い合っている。

 ──ここは、とある街の地下。静かな音楽のかかった薄暗い店。テーブルの上には飲み終えた酒瓶が三本に、飲みかけのものが一本。食べかけのチキン、それと黒猫が一匹。

 数日前に胸を撃ち抜かれ、大怪我を負ったはずの目の前の男を、黒猫は呆れたように見つめていた。

 傷は驚くほどの早さで完治した。しかし、オリバーの目は覚めず、彼の意識が戻ることだけを願って声をかけ続けた。

 しばらくして、雪の中で目を覚ました彼は、腹が減ったと言って歩き出した。そしてこの街に来てからというもの、失った体力を取り戻すためと言って、毎日のように飲み歩いていた。


「……あんなに心配したのに。もう知らない」


 そう言って、黒猫はプイッとそっぽを向いた。

 すると数分後に、オリバーの隣に座っていた女たちが席を外した。ようやく帰ってくれるのかと視線を戻すと、彼は立ち上がる様子もなく、残っていたチキンを食べはじめた。


「ごめん、ごめん。でも、女の子たちの前で急にテーブルと話しはじめたら、びっくりされちゃうでしょ?」

「僕は無視したことを怒ってるんじゃない。もう少し自分の身体を大事にしてほしいから言ってるんだ。だからお酒はほどほどに──」


 言いかけて、黒猫は天井を見上げた。

 ゾクリと身体が震え、嫌な予感がした。オリバーに危険が迫っている。そんな気がして、再び彼に視線を戻した。


「オリバーに怪我をさせたあの人たち、どうするの? もう関わらない?」

「心配?」


 ニヤニヤと笑う彼に向かって、コクリと頷いた。


「ローズマリーは必ず奪い取る。でも今は体力を戻したい。だから、しばらくはここにいる。この地下は紹介が無いと入れないし、俺たちが街に入ったのはずいぶん前だ。仮に奴らがこの辺りへ来たとしても、匂いなんか追えないさ。それより、誰から殺すかを考えないとね……」

「僕になにかできることは?」

「ローズマリーと、それに関わる人間の動きを調べてほしい。人との会話が必要なら、言ってくれたらオレが動く」

「わかった。その代わり……」

「ハーイ。身体は大事にしまーす」


 そう言いながら、再び酒を飲みはじめたオリバーに、黒猫は深い深い溜め息を吐いた。




◆◆◆




 日野たちの目の前に広がった新しい街。そこは、ギラギラとした光を放つ、欲望の塊のような街だった。夜になっているはずだが、辺りは照明のせいで明るく、若者たちの騒ぐ声で賑わっていた。

 年齢は二十代から三十代が多めといったところか。酒を片手に賭け事をしているようだ。


「なんか……すごい街に来ちゃったね。酔っちゃいそう」


 日野はコートの袖で鼻を覆った。街に漂う強い酒と香水の匂い。それが、鼻の利く日野やアルを苦しめていた。


「グレン。ボク、この街は好きじゃない」

「安心しろ。朝になったらまた次の街へ向かう。長居はしねぇよ」

「それなら、早く宿を見つけましょう。ショウコが酔っ払っちゃう前に」


 そう言って、ローズマリーが指差した。グレンがその方向へ目を向けると、匂いに当てられた日野がフラフラとよろめいていた。顔はほんのりと赤く染まり、うっとりとした目はどこを見ているのかわからない。

 いくら鼻が利くとは言え、そんなに酒に弱かったとは知らなかった……そう思いながら、グレンが日野へ近づいた。


「グレン?」

「まっすぐ歩け。すぐ休ませてやるから」

「グレン?」

「なんだよ」

「好きです」


 柔らかく笑った日野の顔に、グレンはピタリと動きを止めた。そして、真っ赤になった顔を隠すと、日野の腕を引いて歩き出した。

 後ろからハルとローズマリーのからかう声が聞こえてくるが、そんなことはもうどうでもいい。とにかく早く宿を確保しなければ……こんな状態で街を歩かせる訳にはいかない。ついでにアルも具合が悪そうだ。

 ズカズカと足早に進んだ先で見つけた宿。扉を開けて中に入ると、普段より鋭くなっているグレンの目付きに、受付の女性が震え上がった。

 そのまま手早く空いている部屋を確保して、ローズマリーに鍵を渡すと、グレンは日野を連れて宿の階段を登っていった。

 そんな彼の後ろ姿に、ローズマリーは困ったように眉尻を下げた。


「グレン、怒り狂ったような顔してたわね。ちょっとからかい過ぎたかしら?」

「そう? ボクには凄く嬉しそうな顔に見えたけど」

「あら、そうなの? それなら良いわね。こっちはこっちで、休ませてもらいましょう」


 先に行ったグレンの手にはもう一つの鍵が握られていた。どうやら部屋は別々にされたようだ。ローズマリーはやれやれと両手を上げると、ハルを連れて、鍵に書かれた番号の部屋へと向かっていった。

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