百二十六 念願の
翌日。
雪の降り積もった街に、たくさんの雪だるまが飾られ、家々に取り付けられたランプが夜を照らしていた。この街に着いた時に感じた不気味さはどこへ行ったのかと思うほど、街は明るい雰囲気に包まれている。
辺りにはいくつかの出店が並び、温かく着飾った人々で賑わっていた。
そんな夜の街中を、ハルと、その肩に乗ったネズミのアルは目を輝かせながらズンズンと進んでいた。しばらく歩くと、くるりと後ろを振り返る。また少し歩いて、振り返る。そんなことを繰り返しながら進んで行くと、少し先にお目当ての店を見つけた。
甘い香りに誘われるように、小さな足は店へと向かっていく。その途中で、ハルとアルは再び後ろを振り返った。
「ちゃんと来てるよ」
日野がそう言って薄く微笑んだ。その両隣には、うんざりした顔のグレンと、辺りを珍しそうに見回すローズマリーがいた。
大人たちの無事を確認すると、ハルは苺の香りが漂う方へ駆けていった。
「あいつら、何回振り返ったら気が済むんだよ。犬か?」
「きっと私たちのことを心配してくれてるんだよ」
「心配なのは俺たちというより、このチケットの方だろ?」
「それもあるかも」
ポケットから取り出した、苺のホットミルクのチケット。グレンがそれをひらひらと揺らすと、日野は頬を緩めた。
軽やかに走るハルの姿を目で追いながら、大人三人はのんびりと雪の上を歩いていた。
すると、空を見上げたローズマリーがポツリと呟いた。
「それにしても寒いわね。ルビー、大丈夫かしら? あの子、まだコートも何も買ってあげてなかったから……」
「ルビーを連れて行ったのは刻だ。あいつが何とかするだろ。心配しててもしょうがない」
「そうなんだけど……刻はそういうの無頓着だから。私の荷物、持って行かせればよかったわ」
頬に手を当てて、ローズマリーは深いため息を吐いた。
その話を、二人に挟まれる位置で聞いていた日野も、刻を思い浮かべた。確かに、周りに気を配る性格ではなさそうだ。しかし彼は、ルビーのことをローズマリーと同じくらい大切に思っているような気がした。
きっと守ってくれる……そう思った。しかし、ルビーの意識が戻っていなかったことは気がかりだ。無事にザック先生の元へ行けたら良いが……。
そんなことを考えていると、先程から漂っていた苺の香りが強くなった。ふと、その香りのする方へ視線を向けると、そこには──
「あら、いらっしゃいませ! あんたたちが来るのが遅いから、ハルくんが拗ねちゃったじゃない。ほら」
「ジェマさん! それに、ハル……ご、ごめんね」
しばらく忙しそうにして家を空けていたのは、出店の準備のためだったのか。目の前のジェマは、チケットを持ってきた客に柔らかい笑みを浮かべていた。
そして、先程ジェマが視線を向けた方を見ると、その出店の端の辺りに座り込んだ少年が、こちらをジッと睨んでいた。
ハルだ。そして、肩に乗ったアルも同じようにこちらを見つめている。
「遅い! ボクは、もう、十年、待ちまし、た!」
「十分も経ってねぇだろ」
機嫌を損ねてしまったことにオロオロとうろたえる日野を他所に、グレンとハルはジェマへホットミルクを頼みに行った。
数分後、四人分のホットミルクが各々の手に渡った。アルには生の苺が手渡された。
ふわふわと湯気の立つカップから、苺の甘い香りが漂ってくる。一口、また一口と飲むと、冷えた身体がじんわりと温まっていった。
「美味しい」
そう言って、日野はホッと息を吐いた。
張り詰めていた心が溶けていくようだ。たくさんの雪だるまに囲まれた賑やかなお祭りの中。好きな人と、大切な人たちと、同じものが飲める。ただそれだけのことを、幸せだと感じた。身体中がぽかぽかと温かいのは、きっとホットミルクのせいだけではない。
すると、隣にいたグレンが、空いている手で日野の髪を撫でた。
「幸せそうで何よりだ。こんな顔を見られるなら、たまには甘いのも良いかもな」
「そうだね。ハルもアルも、あんなに幸せそうにして。可愛い顔を見られたし。お祭り、参加してよかった」
「……俺はお前のことを言ったつもりだったんだがな」
「へ?」
「なんでもねぇよ」
ボソリと呟かれたグレンの言葉は、周囲の音に紛れて聞き取れなかった。首を傾げてみたが、彼はすぐにそっぽを向いて、教えてはくれなかった。
カップを返しにズカズカと歩いて行った彼の背中を見つめていると、ローズマリーがぴったりと身体を近づけてきた。
どうしたのかと、日野はローズマリーへ視線を向ける。彼女は、両手で包んだカップを口元に近づけたまま、ニヤニヤと笑っていた。
「ローズマリー。寒いの?」
「いい感じね。いい感じよ。やっぱり恋って楽しいわね」
「うん……そうだね」
ふふふ、と楽しそうに笑うローズマリーに、つられて微笑んだ。元気になって良かった……そう心の中で呟いて、日野は残ったホットミルクを飲み干した。