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百二十五 目的地

 日野の目の前に、温かい紅茶の入ったカップが置かれた。顔を上げると、ローズマリーがニコニコと微笑みながら、向かいの席に腰を下ろした。

 日野は、ローズマリーに明るく可愛らしいイメージを持っていた。しかし、普段の表情からは想像も出来ないような辛い過去を背負って、彼女は生きていた。

 もしかすると彼女にとって、刻は安心して傍にいられる唯一の居場所なのかもしれない。この街に残ると言ったのも、オリバーの言葉に惑わされたことだけが理由ではなさそうだ。

 ローズマリーは、傷ついた刻を見てしまった。刻が傷ついたのは──自分が傍にいたから。憶測ではあるが、彼女の中にはまだその不安が残っている気がした。

 日野は温かい紅茶を一口飲むと、ローズマリーに視線を移した。


「好きにしろ……か。刻は昔から変わらないんですね」

「ええ。あれから、私はあの街に住んで、もう一度店を出すことにしたの。懐かしいわ……その頃はまだ二十一だったから、もう七年くらい経つわね」

「そうだったんですか……って、ん? 七年?」


 思わず首を傾げてしまった。二十一歳の七年後ということは──現在のローズマリーは二十八歳ということだ。

 若くて可愛い割にしっかりしていると思っていたが、まさか自分よりお姉さんだったとは思っていなかった。

 日野は首を傾げたまま目をパチパチと瞬かせ、理解が追いつかないというように、ローズマリーを見つめた。

 すると、目の前の彼女がクスクスと笑い出した。


「あら、意外だったかしら?」

「あ、いや……この世界の人たちはみんな見た目が若くて良いなあと思って。私は一つ下なので、ローズマリーさんの方がお姉さんですね」

「ローズマリーで良いわよ、ショウコ。それじゃ、あなたは刻と同い年ね」

「じゃあ、刻は二十七歳……」


 年齢の話はあまりしないようにと思っていたが、意外と歳が近いことを知ると、なんだか余計に親近感が湧いてきた。

 それにしても、ローズマリーと刻が出会って、もう七年。目眩がしそうなほどの長い時間を、この二人は、両思いなのにすれ違い続けていた。そして今も──


「ローズマリー。刻はローズマリーが好きなの。だから大丈夫。だから、だからね。えっと……お、お互い頑張ろう!」


 日野はローズマリーの両手を掴み、強く握りしめてそう言った。ローズマリーは一瞬目を見開いたが、日野の真剣な表情を見て、幸せそうに微笑んだ。

 すると、ガチャリと音を立てて家の扉が開いた。手を握り合ったまま音のした方へ視線を向けると、愛しい姿がそこにあった。


「お前ら、おばさん同士で何やってんだ」

「おば……っ!?」


 欠伸をしながら入ってきたグレンに言い返そうとした時、すぐ傍に殺気を感じて日野は言葉を飲み込んだ。

 恐る恐るローズマリーを見ると、どす黒い空気が彼女から放たれていた。ブツブツと何かを呟きながら怒りを露わにする彼女を見て、おろおろと慌てながら日野はグレンへ視線を向けた。

 しかし彼はそれを気にする様子もなく、テーブルに近づいてくると、手に持っていた大きめの紙を卓上に広げた。


「元気になって良かったじゃねぇか。おばさんはそれくらいが丁度良いんだよ」

「グレン……あなたね、私はまだ二十八歳なのよ! お姉さん! 訂正しなさい!」

「へいへい、わかったよ。それより、お前らも一応これを見ておけよ」


 ローズマリーを軽くあしらうと、ギリギリと歯を食い縛る彼女を他所に、グレンは先程広げた紙を指先でトントンと叩いた。

 それは、日野が初めて見た、この世界の地図だった。赤いペンで、行き先が示されている。

 ここから、どこか遠くに向かって矢印は伸びていた。行ったことのない街だろうか? それとも来た道を戻っているのだろうか? それすらも分からない。

 ジッと地図を見つめていると、隣の椅子にグレンが腰掛けた。


「ここが今いる街。そして、次に目指すのはここ」


 赤い丸のついた場所をトントンと指で叩きながら、グレンが言った。すると、ローズマリーがその地図を見て首を傾げた。


「ここ……確かアイザックさんの病院のある街よね? それなら、この道は遠回りになるんじゃないかしら?」

「そうなんだが……女子供を連れて雪山を越えるのは無理だ。歩いていくなら、危険の少ないこの道を迂回するしかない」


 紙の上を滑らかに動くグレンの指を見つめながら、日野はふと疑問を抱いた。

 刻の行方を追うという目的のために、目指す場所がなぜザック先生の街になっているのだろうか。そこではない可能性もある。逆の方向へ進んだ可能性もある。なのに、どうしてそこ一点に絞ったのだろうか。


「グレン、どうしてザック先生の街に?」


 そう問いかけると、彼は深いため息を吐いた。


「熱出してただろ、あの白髪頭。それにルビーも目を覚ましてない」

「熱?」


 女二人の驚いた声が重なった。その反応に、グレンは呆れた様子で話を続けた。


「あいつは街を破壊して回っている殺人鬼だ。ある程度その存在は知られている。そんな奴が病院なんか行って、簡単に受け入れてもらえると思うか?」

「それは……」

「無理ね……刻は目立つ見た目をしているから、すぐに噂が広まって街の人間から避けられる。それは病院も同じだわ。脅して言うことを聞かせたって、満足な治療が受けられるかは……」


 その時、俯いていた女二人は、ハッとして顔を見合わせた。

 病気になっても、刻は誰かに助けてと言える性格ではない。この世界の誰もが自分を避けていく…… 病院に行っても、診てもらえない可能性があることくらい本人も気づいているはずだ。しかし、彼はルビーを医者へ連れて行くと言って出て行った。

 そんな状況で、刻が唯一頼れる医者は──


「刻は、ザック先生を頼るはず。ってこと?」

「正解。まあ、おじさんもまだボロボロだろうけどな」


 再び欠伸をしながら、グレンは地図を折り畳んでポケットへしまった。

 行き先は決定した。道も、決まった。しかし、日野は不安を拭いきれなかった。雪の中に消え、行方の分からなくなったオリバー。彼がまたローズマリーを狙ってくる可能性はある。

 刻がいない今、戦えるのは自分だけ。みんなを守れるのは自分だけ。しっかりしなければ……そんな気持ちが、心の中に渦巻いていた。

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