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百二十四 花

 突然現れた白髪の男。その男の鋭い爪が、瞬く間に目の前の男たちを引き裂いた。すでに赤く染まっていた服に、更に返り血を浴びて、白髪の男は笑みを浮かべた。

 しかし、倒れた男たちの中に、一人だけ生き残った者がいた。その男は地面につくばいながら、震える声で必死に命乞いをした。


「た、助けて……すみません。ごめんなさい。な、何でもしますから。だから殺さないで」

「残念だったな。俺は貴様を殺したい気分だ」

「ひっ──」


 悲鳴が上がったと同時に、肉の裂ける音がした。赤い霧が辺りを包み、ローズマリーを追ってきた男たちは一人残らず命を落とした。


 白髪の男は、おばあちゃんの遺体の傍に落ちていたキャンディを拾い上げた。しばらく、彼はジッとそれを見ていた。

 その姿から目を離すことが出来ないまま、ローズマリーは力無くその場にへたり込んだ。すると、キャンディを見つめていた金色の瞳がこちらを向いた。


「貴様はなぜ戻った?」

「……え?」

「この下は他の場所よりも陰になるところが多い。落ちたのなら、そのまま隠れていればやり過ごせたのではないか?」


 転がり落ちた崖下のことを言っているのだろう。しかし、そう言われても、よく見ないうちに崖を登り始めてしまったため分からない。

 ローズマリーは上体を捻って振り返ってみた。そこは確かに隠れる場所が多いように見えた。

 しかし、だからと言っておばあちゃんを放って自分だけが助かるなど出来るはずがない。おばあちゃんも、それくらい分かっていたはずなのに……。

 ポロポロとこぼれ落ちる涙が止まらなかった。たった一人の家族と、帰る家を失った。もうどうなっても構わない……そんな思いが頭を過った。


「殺してよ」


 気づけば、震える声でそう呟いていた。そして、堰を切ったように言葉があふれ出した。


「ひとりぼっちは嫌。どうして……どうして私に関わった人たちはみんな死んでしまうの!? ……これ以上、誰も失いたくない。私が生きていたら、私に関わったら、みんなが死ぬの! だったら、私がいなくなればいい。だから、ここで私を殺してよ!」

「断る」


 悲痛な叫びは、一言で切り捨てられた。


「なんで……どうしてよ!? あなた、平気で人を殺せるんでしょ? 殺したい気分なんでしょ? だったら私も──」

「そういう気分ではなくなった」

「嫌よ……殺しなさいよ。私も、おばあちゃんと一緒に死なせてよ」

「こいつらの仲間は殺した。街はもう安全だ」


 どんなに訴えても、白髪の男はローズマリーの言葉に耳を傾けなかった。

 彼は、まだ地面に落ちていたいくつかのキャンディを拾うと、おばあちゃんの遺体を担いだ。


「ちょっと! おばあちゃんをどうするつもりなの!?」


 背中に向かって叫ぶが、彼は何も言うことなく、その場を去っていった。

 街はもう安全──そう言われたが、街に戻る気にはなれなかった。もし生き残った人がいたとしても、再び自分が関わることで、街の人たちが死ぬ。

 大切な人をこれ以上失いたくない。その気持ちが、ローズマリーの足を鉛のように重くしていた。

 それに、おばあちゃんをどうするつもりなのか、男の意図が読めない。なにか酷い仕打ちを受ける前に、おばあちゃんの遺体を取り戻さなければ。

 ローズマリーは傷ついた身体を引きずりながら、ゆっくりと男を追った。




 足を挫いているため、歩くのにも随分と時間がかかってしまった。しかし、滴り落ちる血液が、足跡のように彼の居場所を伝えてくれていた。

 血の跡が途切れた場所。行手を阻む茂みを、両手を使ってかき分けた。そこで目に飛び込んできたのは、一面に色とりどりの花が咲き誇る広い花畑。息を呑むような美しい場所がそこにあった。

 白髪の男はその中にある平たい岩に腰を下ろして、先程拾ったキャンディを一つ口に含んでいた。風に靡く髪の間から見え隠れしている横顔が、とても美しかった。

 ローズマリーは思わず足を踏み出し、男に近づいていった。すると、彼の傍には、小さな墓が作られていた。

 墓と言っても、人を埋めた土の上に石を置いただけの簡単なものだ。石の前には、キャンディが供えられていた。

 ──おばあちゃんのお墓を、作ってくれたの?

 聞きたかったが、驚きのあまり言葉が出なかった。そして、彼のその行動になぜか涙が溢れた。

 すると、こちらに気づいた彼がゆっくりと立ち上がった。


「何をしている?」


 そう言った彼の瞳は、先程見た時と違い暗い色に変わっていた。真っ直ぐにこちらを見つめてくるその瞳から目が離せない。ローズマリーは、震える声を振り絞った。


「……ありが、とう」

「礼を言われるようなことはしていない。……俺は帰れと言ったつもりだったが、伝わらなかったか?」


 白髪の男はジロリとローズマリーを睨んだ。しかし、ローズマリーは恐れることもせず、満足そうに笑みを浮かべた。

 おばあちゃんをちゃんと埋葬してあげることが出来た。なにもかも失って、もう思い残すこともない。

 ──早く、家族の元へいきたい。


「帰れとは言われてないわ。ねえ、あなたは強いの? 何があっても死なない?」

「俺は誰にも殺されない。貴様と違って簡単に死を選ぶこともできない」

「そう……誰もあなたを殺せないのね。でも、私があなたに関われば、あなたはきっと死ぬわ。ここで殺してくれないなら、あなたについて行く。いくら強くても死にたくはないでしょう? だから今、私を殺さないと──」

「好きにしろ」


 遮るように、彼がそう言った。予想出来なかった言葉に、ローズマリーは驚き目を見開いた。すると、白髪の彼はキャンディを口に含みなおして、花畑の中を歩き出した。

 その場に放心したまま、遠ざかっていく背中を見つめていると、彼がくるりと振り返った。


「ついて来るのではなかったのか?」


 その声に、ハッと我に返った。確かについて行くとは言ったが……この人はそれ以外の部分は聞いていなかったのだろうか。

 目の前の彼はジッとこちらを見つめているが、どう返事をすればいいのか、自分の気持ちが分からなくなった。気不味くなった空気を誤魔化すように、ローズマリーは視線をおばあちゃんの墓へと向けた。

 しばらくすると、白髪の男は何も言わず再び歩き出した。それに気づき、慌てて彼の方へ視線を戻した時だった。

 ──トンッ

 誰かが、背中を押した。


「……おばあちゃん?」


 行きなさい、と声が聞こえた気がした。しかし、振り返っても、そこには誰もいない。ローズマリーは寂しげに俯いたが、顔を上げて、おばあちゃんの墓に笑顔を向けた。

 そして、痛む足を引きずりながら、白髪の男のあとを追った。




 それからしばらくして、ローズマリーは体の痛みと疲労で気を失った。

 ドサリと背後から聞こえてきた音に、白髪の男は足を止めた。そして、くるりと振り返り、ローズマリーに近寄った。

 赤く腫れた右足に、傷だらけの身体。よほど疲れたのだろう、倒れた彼女は目を覚ます気配がない。

 男は小さなため息を吐いて、指笛を吹いた。どこまでも響くような甲高い音が鳴ると、ふわりと黒い馬が現れた。

 男は意識のないローズマリーを抱えて鞍に跨ると、馬を走らせた。




◆◆◆




「それで、目を覚ますと、あなたたちと初めて会ったあの街にいたの」


 ふうっと一息吐いて、ローズマリーはそう言った。ふと見ると、二人ともカップの中身を飲み干していた。


「ちょっと待ってて」


 そう言うと、ローズマリーは日野のカップを取り、再び紅茶を淹れに、家の奥へと歩いていった。

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