百二十三 生きなさい
ザワザワと草木の揺れる音がする。それに混ざって、焦るように歩く二人の足音が響いていた。
街を抜けるまでは必死に走っていたが、高齢のおばあちゃんの足はもう限界だった。しかし、大人一人を背負って歩く力はローズマリーにはない。
周囲を気にしながら、おばあちゃんに合わせ、速度を落として進んでいた。
「この辺りまで来れば大丈夫かしら?」
「ええ、そうね。ずいぶん歩いたことだし……少しここで休ませてもらおうかしら」
そう言って、二人はほっと息を吐いた。そして、近くにあった平たい岩におばあちゃんを座らせ、ローズマリーは辺りを見回した。
こんな場所まで来たことは今までなかった。一体どのくらい歩いたのだろう……森に詳しいおばあちゃんなら、ここがどの辺りかわかるだろうか?
足元に注意しながら、そっと茂みの奥を覗くと、小さな崖があった。
うっかり足を踏み外しでもすれば、怪我だけでは済まないかもしれない。もし、これ以上先へ行くことになった時は気をつけて進まなければ。そう思った時、背後から聞き覚えのある不愉快な声が聞こえてきた。
「いたいた。やーっと見つけたぜ」
「年寄り連れて逃げられるとでも思ったか?」
ぞわぞわと全身に鳥肌が立ち、振り返った。大きく見開いたローズマリーの目に飛び込んできたのは、店に火を放った男たち五人の姿だった。一人も欠けることなく、彼らはそこにいた。
足止めをしてくれたおじさんたちは、どこにもいない。
「あなたたち……どうして……おじさんたちは……?」
「お前を追うって言ったらさ、絶対行かせないって」
「え……?」
「街も、街の人間も俺たちが全部守るんだって。熱い男たちだよな。燃えてるお前の家より熱くて不愉快だった。だからさ、殺してやったよ」
一人の男が笑顔でそう言うと、他の男たちも一斉に笑い出した。ゲラゲラと森の中に響く汚い声。それが怒りを増幅させた。
── 安心しろ。必ず生きてまた会える。
そう言ったのに。おじさんはそう言ったのに。
怒りと悲しみに鼓動は速くなり、大きな瞳からは涙が溢れ出した。すると、岩に座ったまま男たちの様子をジッと窺っていたおばあちゃんが、ゆっくりと立ち上がった。
「おい、ばあさん。何してんだ?」
男たちの言葉をよそに、ローズマリーの元へ歩いて行くと、大きく成長したその両手をギュッと握り締めた。
そして、別れを惜しむように、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。
「どうしたの? 早く逃げ──」
「ローズマリー。あなたの名前には、変わらぬ愛という意味があるのよ。あなたを心から愛してくれる人が、あなたが心から愛したいと思える人が、いつかきっと現れる。私はそう思っているわ」
「……おばあちゃん?」
「生きなさい、ローズマリー」
その最後の言葉が聞こえた瞬間、ローズマリーは突き飛ばされた。すぐ側には、先程見つけた小さな崖。身体のバランスを崩したローズマリーは、その下へと転がりながら落ちていった。
ぐるぐると回る景色の中で、男たちの怒鳴り声と、おばあちゃんの呻き声が耳に届いた。
崖下まで転がり落ちたローズマリーは、傷だらけになった身体を無理矢理起こした。しかし、右足を挫いてしまい、うまく立ち上がれない。
涙の溜まった目を乱暴に擦ると、草木を掴み、土を踏み締め、必死で崖を登っていった。
泥だらけになりながら、やっとの思いで登りきった。右足は赤く腫れ上がり、悲鳴をあげていた。
止まらない涙を再び拭うと、目の前には──男たちに囲まれたまま、ピクリとも動かないおばあちゃんの姿があった。
「……あ、あ……おばあちゃん……おばあちゃん」
「ほーら、また泣いちゃったじゃん。だから殺すなって言っただろ?」
「仕方ねぇだろ。俺たちは殺人鬼なんだ。これも仕事だよ、仕事」
ケラケラと楽しそうに笑いながら、男たちはローズマリーに近づいていく。すると、彼らの背後で低い声が響いた。
「貴様らで最後だ。歯を食いしばれ」