表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/203

百二十三 生きなさい

 ザワザワと草木の揺れる音がする。それに混ざって、焦るように歩く二人の足音が響いていた。

 街を抜けるまでは必死に走っていたが、高齢のおばあちゃんの足はもう限界だった。しかし、大人一人を背負って歩く力はローズマリーにはない。

 周囲を気にしながら、おばあちゃんに合わせ、速度を落として進んでいた。


「この辺りまで来れば大丈夫かしら?」

「ええ、そうね。ずいぶん歩いたことだし……少しここで休ませてもらおうかしら」


 そう言って、二人はほっと息を吐いた。そして、近くにあった平たい岩におばあちゃんを座らせ、ローズマリーは辺りを見回した。

 こんな場所まで来たことは今までなかった。一体どのくらい歩いたのだろう……森に詳しいおばあちゃんなら、ここがどの辺りかわかるだろうか?

 足元に注意しながら、そっと茂みの奥を覗くと、小さな崖があった。

 うっかり足を踏み外しでもすれば、怪我だけでは済まないかもしれない。もし、これ以上先へ行くことになった時は気をつけて進まなければ。そう思った時、背後から聞き覚えのある不愉快な声が聞こえてきた。


「いたいた。やーっと見つけたぜ」

「年寄り連れて逃げられるとでも思ったか?」


 ぞわぞわと全身に鳥肌が立ち、振り返った。大きく見開いたローズマリーの目に飛び込んできたのは、店に火を放った男たち五人の姿だった。一人も欠けることなく、彼らはそこにいた。

 足止めをしてくれたおじさんたちは、どこにもいない。


「あなたたち……どうして……おじさんたちは……?」

「お前を追うって言ったらさ、絶対行かせないって」

「え……?」

「街も、街の人間も俺たちが全部守るんだって。熱い男たちだよな。燃えてるお前の家より熱くて不愉快だった。だからさ、殺してやったよ」


 一人の男が笑顔でそう言うと、他の男たちも一斉に笑い出した。ゲラゲラと森の中に響く汚い声。それが怒りを増幅させた。

 ── 安心しろ。必ず生きてまた会える。

 そう言ったのに。おじさんはそう言ったのに。

 怒りと悲しみに鼓動は速くなり、大きな瞳からは涙が溢れ出した。すると、岩に座ったまま男たちの様子をジッと窺っていたおばあちゃんが、ゆっくりと立ち上がった。


「おい、ばあさん。何してんだ?」


 男たちの言葉をよそに、ローズマリーの元へ歩いて行くと、大きく成長したその両手をギュッと握り締めた。

 そして、別れを惜しむように、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。


「どうしたの? 早く逃げ──」

「ローズマリー。あなたの名前には、変わらぬ愛という意味があるのよ。あなたを心から愛してくれる人が、あなたが心から愛したいと思える人が、いつかきっと現れる。私はそう思っているわ」

「……おばあちゃん?」

「生きなさい、ローズマリー」


 その最後の言葉が聞こえた瞬間、ローズマリーは突き飛ばされた。すぐ側には、先程見つけた小さな崖。身体のバランスを崩したローズマリーは、その下へと転がりながら落ちていった。

 ぐるぐると回る景色の中で、男たちの怒鳴り声と、おばあちゃんの呻き声が耳に届いた。


 崖下まで転がり落ちたローズマリーは、傷だらけになった身体を無理矢理起こした。しかし、右足を挫いてしまい、うまく立ち上がれない。

 涙の溜まった目を乱暴に擦ると、草木を掴み、土を踏み締め、必死で崖を登っていった。




 泥だらけになりながら、やっとの思いで登りきった。右足は赤く腫れ上がり、悲鳴をあげていた。

 止まらない涙を再び拭うと、目の前には──男たちに囲まれたまま、ピクリとも動かないおばあちゃんの姿があった。


「……あ、あ……おばあちゃん……おばあちゃん」

「ほーら、また泣いちゃったじゃん。だから殺すなって言っただろ?」

「仕方ねぇだろ。俺たちは殺人鬼なんだ。これも仕事だよ、仕事」


 ケラケラと楽しそうに笑いながら、男たちはローズマリーに近づいていく。すると、彼らの背後で低い声が響いた。


「貴様らで最後だ。歯を食いしばれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



──────柚中眸の作品一覧──────

【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

Twitter

OFUSE(柚中のブログやイラストなど)


────────────────────


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ