百二十一 お菓子の街
ここは、お菓子作りが盛んな小さな街。あちらこちらにスイーツを扱う店が並び、今日もにぎわいを見せていた。
真上まで昇った太陽が、そこに住む人々を明るく照らしている。ぽかぽかと心地よい日差しの中、ローズマリーは両手を高く上げて伸びをした。
「この街はずっと平和ね」
そう言って、笑みを浮かべた。
先日、この街を訪れていた老紳士から、最近はいろいろな街が潰されていて物騒だという話を聞いた。しかし、この平和な街では、そんな話は遠い世界のことのように感じた。
暖かい空気をすうっと胸に吸い込み深呼吸をすると、ローズマリーはくるりと振り返った。
目の前には、可愛らしい看板のついた小さなお菓子の店があった。ここは、生まれた時から過ごしてきた大切な場所だ。
幼い頃に、両親が不慮の事故で亡くなった。大きな病院のある街から、産まれたばかりの赤ん坊を抱えて帰る途中だった。
一体その時なにが起きたのか、詳しいことは分からないが……突然、興奮した馬が暴れ出し、両親は乗っていた馬車から投げ出されて亡くなったそうだ。
幸いにも二人の遺体は街に戻ってきた。しかし、赤ん坊はどこを探しても見つからなかったそうだ。もし近くの川に流されていたら、命は助からないだろうと言われた。
もうすぐお姉ちゃんになる予定だった。ずっと会えなかった母と久し振りに会えるはずだった。
だが、再開した母と、母を迎えに行った父──二人と話すことはもうできなかった。そして、名前も、性別すら知らない赤ん坊と会うこともなかった。
それからずいぶんと長い間、この小さな店でおばあちゃんと二人で暮らしてきた。
代々続くこの店を二人だけで守っていくのは大変だった。だが、おばあちゃんとの毎日はとても温かく、幸せなものだった。
「この看板も……みんなで作ったのよね」
赤と白の可愛らしい看板を眺めながら、両親のいた頃を懐かしむように、ローズマリーはそう呟いた。すると、店の扉がゆっくりと開き、中から誰かが出てきた。
「ローズマリー、ちょっと買い物を頼まれてくれるかい?」
そう声を掛けてきたのは、おばあちゃんだった。
おばあちゃんは朗らかな優しい人で、街の人たちからも愛されていた。
「ええ、もちろん。なにを買ってくればいいの?」
ローズマリーがにこりと微笑むと、おばあちゃんも笑みを返した。
「ありがとう。薄力粉がなくなってきているから、一袋お願いね。あと、キャンディも買ってきてくれると助かるよ。いつもの棒がついたものをお願いね」
「わかったわ。超特急で買ってくるから、このローズマリーに任せてちょうだい!」
胸にトンっと拳を当てて言うと、ローズマリーは走り出した。
「おやおや。あまり急いで転ぶんじゃないよ……あ、ローズマリー。お金は持ってるのかい?」
そう声をかけたが、すでにローズマリーの姿はなかった。
「あら。大丈夫かしら……すぐに気付いて戻ってくるといいのだけど……」
おっとりとした口調で言うと、おばあちゃんは店の中へと入っていった。
小さなオルゴールの音が流れる店内に戻ると、おばあちゃんは棚の上に飾られた写真を見つめた。ローズマリーが幼い頃、家族四人で撮った写真だ。小さな額に入ったそれを手に取ると、ニッコリと微笑んだ。
「ローズマリーは今日も元気にしていますよ。……あの子が素敵な男性と結ばれるまで、私も長生きしなくちゃね」
そう言って、そっと写真を元の場所へ戻した。