百二十 聞きたい
暗く落ち込んでいたローズマリーの表情が、明るくなった。
やっぱり、彼女には笑顔が似合う。私のようにぎこちないと思われるようなものではなく、自然で柔らかな笑みだ。
「刻を探しましょう。ルビーちゃんのことも心配だし、放っておけません。二人とも、きっとローズマリーさんの帰りを待ってます」
「そうね……刻一人にルビーを任せておけないし。あなたたちがもし彼を追うのなら、もう少し一緒にいさせてもらおうかしら」
その言葉に日野は安堵したように微笑むと、少し冷めた紅茶を飲み干した。
大丈夫だ。この二人なら、分かり合えるはず。心の中で、そう呟いた。
刻が人を殺し、街を破壊していることは決して許されることではない。だが同時に、自分も同じ力を持ってしまったが故に、彼の苦悩が少しはわかる気がした。きっと刻は私よりもずっと長い間、力に苦しめられていた。たとえ殺人鬼と呼ばれていようと、刻には……幸せになってもらいたいと思ってしまう。
そんなことを考えていた時、ふと疑問が湧いた。ハルが初めて刻に出会ったのは二年前。しかし、グレンやアイザック、そしてローズマリーも、それ以前から刻を知っているようだ。彼は一体いくつの時にこの世界にやってきたのだろうか。
その疑問を、思い切ってぶつけてみることにした。
「あの、ローズマリーさんって刻とはいつ知り合ったんですか?」
「そうねえ。ずいぶん昔のことに思えるけど……聞きたい? 私と刻が出会ったころのこと」
聞いてほしいと言わんばかりにニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべたローズマリーに、日野は大きく頷いた。
同じ力を持った刻が、いつどのようにしてこの世界に来たのか知りたかった。
真剣な眼差しを向ける日野に微笑むと、ローズマリーはカップを手に取って立ち上がった。
「今度は私が淹れるわ。話すと少しだけ長くなりそうだから。ちょっと待っててね」
「あ、ありがとうございます」
数分後、奥の部屋から紅茶のいい香りが漂ってきた。美味しい飲み物や料理の匂いを今までより楽しめるのは、鼻が利くようになって嬉く思ったことの一つかもしれない。
コトンと目の前に置かれたカップを両手で包むと、冷えた指先がじんわりと温かくなった。そして、まだ熱い紅茶に息を吹きかけると、それを少し口に含んだ。
「美味しい。紅茶淹れるのお上手なんですね」
「一応、カフェをしていたからね。でもあの街は、私の生まれた街ではないの」
「──え?」
「私は生まれ育った街を離れて、刻についていったの。たった一人の家族と、思い出の詰まった家を同時に失ったから」
そう言ってローズマリーは、懐かしむように微笑んだ。大切なものを失った……それはきっと辛い過去のはずだが、ローズマリーからは不思議と悲しみを感じなかった。彼女は、現実を受け入れているような、穏やかな表情をしていた。
日野は再び熱い紅茶を一口飲むと、ゆっくりと語られる彼女の言葉に耳を傾けた。
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