表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/203

第12話 主張しろ

 蒸し暑い森の中、日野は元の世界にいた時のことを思い出していた。家と会社の往復で、通勤は電車。たまに友人と遊ぶ以外には、休みの日も殆ど家から出なかった。ここ数年、運動というのを全くしていなかったために体力がほぼ無い。


 そんなことを考えていると、突然、視界がグラグラと揺れ始め、目の前の景色がぼやけていった。フラッと身体が浮いたかと思うと、何かに支えられたような気がした。


「ったく、疲れたら言えってあれだけ言っただろうが」


 バシャっという音と同時に、ひんやりと冷たいものを顔に感じて、日野はハッとした。顔から水が滴り落ちる。視界の揺れは収まったが、身体に力が入らず、日野はグレンに支えられたまま動けずにいた。


「すみません。ちょっとフラッとしちゃって」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 グレンは溜め息をつきながら、ひょいと日野を抱えると、木陰に座らせた。屈んで顔色を見ていると、隣からハルが心配そうに日野の顔を覗き込んできた。


 アイザックの病院を出て一晩経った。次の街までは歩いてニ、三日かかる。昨日は元気に街を出発したのだが、今日は昼ごろから日野の様子がおかしかった。


 疲れたら言えと何度も言っていたが、この女は何も言わなかった。そのため、気にはしていたが、そのまま歩き続けた。しかし、慣れない旅でこの暑さだ。小さな体で歩き続けて疲れないはずがなかった。


「主張しろ、主張」


 そう言って、グレンはベシベシと日野の額を叩いた。ハルがずっと心配そうに日野の顔を覗き込んでいたため、深緑色の髪をクシャッと撫でた。


「休めば大丈夫だ。心配するな」

「ごめんね、ハルくん。グレンさんも、すみません」

「休憩だ。このままここで野宿でいいだろ。ハル、アルと一緒に水汲んでこい。無くなった」

「まかせて!」


 ハルはグレンからボトルを受け取ると、近くを流れていた小川へ駆けて行った。


「……すみません」


 そう言うと、日野はシュンとして俯いた。視界も頭もはっきりしてきた。しかし、身体は動かなかった。グレン達と一緒に旅に出たのはいいが、体力のある二人について行けず、足手まといになってしまって悔しかった。俯いたままの日野を見ながら、グレンは再び溜め息をつき、リュックを下ろすとその場に座った。


「仕方ないだろ。おばさんは体力ないんだから」

「おばさんじゃありません。二十七歳です」


 否定すると、フッとグレンが笑った。そんな彼に、日野は力なく言葉を続けた。


「せっかく旅に誘ってもらいましたけど、足手まといですよね。やっぱり私、戻った方が……」

「連れてくって言ったのは俺だ。黙ってついて来い」

「でも……」

「あと、その言葉遣い何とかならないのか。気持ち悪い」

「でも、グレンさん……」

「でもじゃない。さんも付けるな。また水かけられたいのか」


 日野の言葉は全てグレンに遮られた。

 一緒に旅をしたい。だが、足手まといになるのは嫌だ。日野が涙を浮かべながら顔を上げると、グレンの手が日野の頭をグシャグシャと撫でた。


「気を遣うな。我慢するな。わかったか?」

「……ありがとう、グレン」


 ポロポロと涙が溢れた。慣れない世界で、気付かぬうちにストレスも溜まっていた。気にしないように、気づかないように、そうやって自分を誤魔化していたが、限界だった。


「しんどい」

「しんどいなら休め」


 グレンが三度目の溜め息をついた時、小川の方から戻ってきたハルの声が森に響いた。


「あー! グレン、お姉ちゃん泣かせた!」

「俺じゃない。こいつが勝手に泣き出したんだ」

「女の子泣かせちゃダメだよ、グレン」

「だから俺じゃない……」


 持っていたボトルをドサッとその場に落とすと、ハルは日野に駆け寄り、顔を覗き込んだ。


「大丈夫? グレンは口が悪いけど、気にしないでね」

「大丈夫だよ。お水汲んできてくれてありがとう、ハル」


 日野がそう言うと、ハルは一瞬目を丸くしたが、すぐにニッコリと嬉しそうに笑った。


「じゃあボク、ショウちゃんって呼ぼう」

「え?」

「ショウコでしょ? これからはショウちゃんって呼ぶね」


 ハルは小さな両手で日野の手を握り、よろしくね! と言いながらブンブンと振った。よろしくと日野が返すと、ハルは満足げに微笑んだ。


 その奥で、地面に落ちたボトルを、本日何度目かの溜め息をつきながら、グレンが拾っていた。それが何だかおかしくて、日野はクスクスと笑い出した。

 緊張の糸がほぐれていく。限界だと思っていたのが嘘のように、心がほっこりと暖かくなり、力が戻ってきたのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



──────柚中眸の作品一覧──────

【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

【連載中】五芒星ジレンマ[異世界恋愛]

【番外編】日のあたる刻 - Doctor side -[短編]

Twitter

OFUSE(柚中のブログやイラストなど)


────────────────────


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ