百十八 雪だるま
さまざまな表情の雪だるまが、すでにそこかしこに飾られていた。大人から子供まで、この街に住む人々はわいわいと楽しそうに雪玉を転がしている。
まだ降り始めのため、初日はそう大きくないものを飾るらしい。辺りにはたくさんのテーブルが並べられていて、真っ白のクロスがかけられている。その上に、作ったものを乗せていくようだ。
そんな、祭りの準備で賑わう街の様子を、日野は物珍しそうに見回していた。すると、前を歩いていたグレンがふと立ち止まった。
「今日は俺たちも雪だるまを作るぞ!」
そう言って、買っておいた手袋を渡していく。
「ボク、あっちの雪がたくさんあるところに行ってくる! アル、行こうか!」
受け取ったそれを着けると、ハルはアルを連れて雪が多く積もっている場所まで駆け出して行った。その後ろ姿を見守りながら、残った大人三人もそれぞれに雪を丸めていく。
しばらくすると、日野の手の中に、小さな雪玉が出来上がった。二つの雪玉を重ねて近くのテーブルへ置き、落ちていた石と枝で顔を作った。そして、数歩下がって眺めてみた。
──我ながら上出来だ。
多少自分に似て笑顔がぎこちなく感じるが、意外と器用に作ることが出来たじゃないか。
ふふん、と機嫌を良くした日野は、満足気に腰に手を当てた。すると、日野の雪だるまの隣に、スッと一回り大きな雪だるまが置かれた。
その表情はいかにも機嫌が悪そうで、石と枝で作られた目は釣り上がっていた。
「すごい。寝起きのグレンにそっくり!」
「……俺の目はこんなに釣り上がってるのか?」
寄り添っている二人の雪だるまを、嬉しそうに眺める日野の背中に、グレンがフッと微笑んだ。
「俺はハルの様子を見てくる。お前、ここから動くなよ」
そう言って彼はザクザクとハルの方へ歩いて行った。
日野はその声に軽く返事を返すと、ローズマリーを探した。キョロキョロと辺りを見回してみると、少し離れたところで、彼女は一人で雪玉を作っていた。
ずっと暗いままだったが、多少の気分転換にはなっただろうか。どう話しかけて良いか分からないが、傍に行ってみよう。
驚かせないようにと、ゆっくり近づいていく。ふと見ると、彼女の足元には、大きさの違う六つの雪玉があった。
その一つを手に取り、雪だるまの顔を作っていく。楽しそうに微笑むその横顔に少し安心して、日野はそっとローズマリーの隣に腰を落とした。
「あ、あの。ローズマリーさん」
「まるで、子供の頃に戻ったみたいね」
「……はい。こうして遊ぶのも意外と楽しいものですね。それにしても、たくさん作ったんですね」
「ええ。これは私、そしてこれが刻──」
穏やかな笑みを浮かべていたローズマリーは、刻の名前を呟いた途端にハッと我にかえったように目を見開いた。
無意識に、刻とルビーの分も作ってしまっていたのだろう。ローズマリーは慌てて二人分の雪玉を崩そうとした。
しかし、その手は日野に止められた。
「一緒に飾りましょう」
「……でも」
「みんな傍にいたほうが賑やかですよ。行きましょう」
日野はローズマリーを連れて自分の雪だるまを置いたテーブルのほうへ向かった。二人は持ってきた雪玉を重ねて、そこにそれぞれの顔を作った。
そしてテーブルの上には、ローズマリー、刻、ルビーに似た雪だるまが寄り添うように置かれた。
すると、その雪だるまたちを見つめていたローズマリーがポロポロと涙をこぼした。
「え……あ、あの。私、なにか傷付けてしまいましたか? ご、ごめんなさい」
「違うの。違うのよ。違うの……」
否定しながらも、静かに泣き続けるローズマリーに、日野は狼狽えた。どうすればいいのか分からず、オロオロと辺りを見回すと、グレンとハルがこちらに向かってきていた。
二人の姿にホッと息を吐く。落ち着かせるようにローズマリーの背中を撫でながら、日野は目の前の雪だるまに視線を移した。
彼女の様子がおかしいのは、刻に関係がありそうだ。今度は、逃げ出さずにちゃんと話を聞いてみよう。
冷たい風が吹く街の中、栗色の大きな瞳からこぼれ落ちた涙が、足元の雪を微かに溶かした。