百十一 接近
暖かそうなログハウスが並ぶ街の中。だが、そこを歩く人は少なかった。
まだ殺人鬼を警戒しているのか、街の人間のほとんどは外に出てくる気配がない。ちらほらと人影はあるものの、濡れてしまった薪を運んだり、外の様子を窺ったり、そういった用が済めば、すぐに戻ってしまう。
そんな少し寂しい街中を、シェシェの家を離れた日野たちは歩いていた。
向かっているのは街の外れだ。女性たちが監禁されていたという場所を探していた。
今日は雨足が弱まり、辺りの気温がぐっと下がっていた。コートのおかげで体は温まっているが、吐く息は煙のように白く、指先は冷え切っていた。
日野は傘を差して歩きながら、かじかんだ両手に息を吹きかけた。
ふと見ると、前を歩くグレンも、隣を歩くハルも、寒さなど感じていないというように平気な顔をしていた。
ずっと旅をしていると、慣れてくるものなのだろうか。それとも、この世界の人は元々寒さに強いのだろうか。
そんなことを考えながら、頬を掠めた風に身震いする。コートを着ていてもこれだけ寒いのだ。上着を持たないまま連れ去られたローズマリーやルビーは大丈夫だろうか。
心配事が増えていく中、日野たちは歩を進め、街の外れにたどり着いた。
大きな通りを抜けたその場所は、葉をなくした木々に囲まれていた。その中に、ぽつんと寂しそうに佇む平家のログハウスがあった。
煙突がついていて、そこから煙が昇っている。人がいるようだ。しかし、家の扉には鍵がかかっておらず、半開きになっていた。
この季節に開けっ放しというのは少しおかしいのではないか。不思議に思った日野がくんくんと辺りの匂いを嗅ぐと、微かな血の匂いが鼻をくすぐった。
「血の匂いがする。でも、ローズマリーさんやルビーちゃんのじゃない……オリバーの血でもなさそう」
異様な雰囲気に日野たちは目を見合わせた。その時、
──チリン
鈴の音がした。丸い耳をピクリと動かし、ハルの肩で休んでいたアルは、勢いよく体を起こした。
人間には音が聞こえていないようで、三人はアルへ視線を集めた。
──チリン
こちらを窺うように移動した鈴の音は、家の中へと戻っていく。アルは、追いかけるべきか一瞬迷ったような仕草をしたが、ぐっと堪えてハルとグレンを交互に見つめた。
そして、身振り手振りと鳴き声で、今起きたことを伝えた。
「──鈴の音!? それが、この中に入っていったんだね」
「でも私たちには……人間には聞こえないのかな?」
「そうかもしれないな。鈴の音がオリバーに関係があるかないかも含めて、とにかく確かめるしかない。中へ入るぞ、気をつけろ」
傘を閉じ、グレンが先に扉に手を掛けた。銃を構え、半開きだったそれをゆっくりと開いていく。
家の中は散らかっていた。乱雑に置かれた家具、倒れた椅子に──血を拭き取った跡。
誰の血だろうか……グレンとハルは、部屋の中の匂いを嗅いでいる日野へ視線を向けた。
「一人……血の匂いは一人分。知らない人の血の匂い」
その言葉に、ホッと息を吐いた。しかし、
「ここ、少しだけど、ローズマリーさんとルビーちゃんの匂いがする。それに、オリバーの匂いも。この家のどこかにいるのかも……」
外では雨にかき消されて追うことが出来なかった匂いも、室内であれば話は違う。微かに残ったローズマリーとルビーの匂いが、彼女たちがここに来たことを示していた。
三人は散らかった部屋の中を探しはじめた。しかし、どの部屋にも二人はいない。
もうここを去ってしまったのかと諦めかけた時──
「グレン、ショウちゃん」
冷たい床に膝をつき、俯いていたハルが呼びかけた。緑色の大きな瞳が見つめる先には、二枚のラグマットが重なって雑に敷かれている。
そして、小さな手がゆっくりとそれを移動させると──ラグマットの下に隠れていた、鉄の扉が姿を現した。
「見つけた」
ハルは小さな声でそう呟くと、扉に手を掛けた。