百十 シェシェ
翌朝、ジェマに紹介されたシェシェという女性の家を、日野たちは訪ねていた。
家族で住んでいるのだろう。比較的大きなその家の玄関扉をノックする。すると、ゆっくりと開いた扉の奥から、可愛らしい女性が現れた。
まだ十代だろうか。顔立ちは幼く、丈の長いワンピースを着て、長髪を頭の上の方でまとめていた。日野が元いた世界でもよく見る、ポニーテールというやつだ。
髪飾りには、ジェマさんの言った通り小さな鈴が付いていた。この人がシェシェだ。
「あの、なにかご用ですか?」
シェシェは日野たちへ警戒するような視線を向けた。
目の前にいるのは、無表情の女に、目付きの悪い男、肩にネズミを乗せたにこやかな少年──
「もしかして、あなたたちがジェマさんのお友達?」
「はい、突然すみません。私は、日野憧子といいます。こっちはグレン。ハルとアルです」
「ジェマさんのお友達なら大丈夫だと思うけど……一体なんの用かしら? 私、今はあまり人と会いたくないの。聞きたいことがあるなら今答えるわ」
「わかりました。私たち、人を探してるんです。だから少しお話を聞かせて頂きたくて……その、街の女性がいなくなった日のことについて」
日野の口から出た言葉を聞いた瞬間、シェシェの顔が青ざめた。自身の両腕を抱き締め、日野よりも少し背の高いその体はカタカタと震えていた。
「ごめんなさい。その話は……」
シェシェはそう言うと、震えながら玄関扉を閉めようとした。
「あ、待ってください! 少しだけでもお話しを──」
──バキッ
なにかが壊れる音がした。「聞かせて、くだ……さ、い?」と、言葉を続けながら、日野は顔を引きつらせて扉を見上げた。
それは、一瞬のことだった。シェシェが閉めようとした玄関扉を、日野は閉めさせまいと掴んだ。しかし思いの外、力が入ってしまって、扉が外れてしまったのだ。
まずい、まずい、まずい。全身から冷や汗が流れ落ちる。
日野は焦る気持ちを抑えながら、なんとか元に戻らないかと試してみるが、扉は完全に壊れてしまっていた。
なにも言葉が出なかった。まさかそんなに脆いとは思わなかったのだ。
「……馬鹿力」
後ろからボソリと呟かれたグレンの声が聞こえ、途端に顔が紅潮する。穴があったら入りたかった。
馬鹿力ではない、この扉が脆かっただけだ。と言い返したいが、この家の住人を目の前にしてそんなことは言えない。
「すみません」
なんとか壁に扉を立て掛けると、日野は頭を下げた。その時、シェシェの小さな声が耳に届いた。
「街の外れ」
「──え?」
「街の外れに、監禁されてたの。それ以上は何も言えないわ。ごめんなさい。扉のことはいいから、もう帰ってください」
そう言って、シェシェは家の奥へと戻っていった。
比較的大きな家の中にある自室で、ポニーテールの彼女は膝から崩れ落ち、震えていた。
数秒もないくらいだった。日野憧子と名乗った女の目が金色に変わった。自分をあの家に監禁した男と同じ瞳。
噂に聞く殺人鬼と同じ──
『何もなかった。みんなにはそう伝えてね。じゃないとこの街も、家族も、トモダチも、みんな殺しちゃうから』
フードを着た男の言葉が蘇った。監禁された家の家主である男の死体を見せつけながら、彼はそう言った。
不安になり自室の窓から外を覗くと、日野たちは何やら話しながら家から遠ざかっていく。
ホッとした。ホッとしたが、あの三人は人を探していると言っていた。もしかして、探していたのはあのフードの男のことだろうか。
仲間……? もしそうなら、私は余計なことを言ってしまったのではないか?
「──街が、みんなが」
この街に、殺人鬼が二人いる。昨日の白髪の男も含めれば、この辺りに殺人鬼が三人集まっていることになる。
街のみんなに逃げてと伝えなければ。そう思うが、震える体には力が入らない。
立ち上がることも出来ず、シェシェは膝を抱え、静かに涙を流した。
読んでくれてありがとうございます⭐︎
ブックマーク・評価をいただけると嬉しいです!
評価は★1〜★5までお好きな評価を付けてください!
いいねも貰えると嬉しいです!