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百七 傘

 レインポンチョを着たネズミと、レインコートを着た馬は何やら話をしはじめた。不思議とお互いに言葉は通じているようで、どちらも大きく頷いたり首を傾げたりしていた。

 そんな二匹を見つめながら、刻は少し離れた場所の木に背を預けて立っていた。腕を組み、そわそわと落ち着きのない彼は、全身ずぶ濡れの泥だらけという状態だった。

 木の下で多少雨を避けてはいるものの、それでも今まで傘も差さずにローズマリーとルビーを探し回っていたことで、濡れた体は冷え切っていた。

 そこへ日野がおずおずと近寄ってきて、何を言うこともなく、そっと刻へ自分の傘を差そうとした。背の高い刻に傘が届くように精一杯伸ばした腕がプルプルと震えている。


「……貴様は俺を怖がっていたのではないのか?」


 ため息混じりにそう言って、刻は傘を取り上げた。日野が濡れないように、それを少し傾ける。


「最初は怖かった。けど、なんだか悪い人に思えなくて」

「油断するな。貴様がどう思っていても、俺は決して良い人間ではない」

「でも……」

「頭痛はどうした? 本は俺が持っているんだぞ」


 ふいに言われたその言葉に、日野は驚いたような顔をした。確かに、本に近付くたびに発作のように痛くなっていた頭が、今はなんともない。意識が飛ぶようなこともない。

 散々悩んだはずの症状を感じなくなっていた。つらい、苦しいと叫ぶ誰かの声も、今は雨の音にかき消されたように聞こえてこない。


「どうして?」

「力をコントロールできるようになったからだ。ただし、これからも破壊衝動は発作のように突然やってくる。大切な男を傷付けないように、気をつけておくことだな。……そろそろ戻れ。ずっと睨まれ続けるのは気分が悪い」


 スッと出された長い指が、グレンとハルの方を指さした。

 こちらをジッと見つめて警戒しているような二人に苦笑すると、日野は刻を見上げた。


「刻。ローズマリーさんとルビーちゃんは私たちも一緒に探すよ。必ず見つけ出すから。だから、心配しないで」


 そう言うと、目の前にいる殺人鬼と呼ばれる男は、フッと柔らかい笑みを浮かべた。


「貴様らはあてにならない。話が終われば俺は一人で探す」

「うん、わかった」


 コクリと頷いて、傘は預けたまま、雨の中を走り出した。


「ショウちゃん、大丈夫だった? 何か酷いこと言われなかった?」


 グレンたちの元に戻ると、心配そうに眉尻を下げたハルにそう訊ねられた。大丈夫だったよ、と言葉を返すと、手を引かれ、傘を渡された。


「グレンは汚れてるから、ボクの傘に入っていいよ」

「人を汚ねぇ奴みたいに言うな」


 チッとグレンの舌打ちの音が聞こえた時、傍にいたネズミと馬が騒ぎ出した。

 三人は再びアルの動きを注意深く見つめる。


 お馬さん。丸い、何かを、ぶんぶん振って。耳をすませて、違う違う。キョロキョロして、お目目を隠して、またキョロキョロ。鬼さん。違う違う。もやもやして、やっぱり耳をすませて、違う違う──


「この黒い馬も鈴の音を聞いたってのか」

「姿は見えなくて、刻も気付いていなかったって……でも、二匹とも鈴の音を聞いたってことは、二人の居場所と何か関係があるのかな?」

「……よくわかるね、二人とも」


 今の一連の動きと鳴き声だけでなぜ理解出来るのか不思議だったが、どうやらそういうことらしい。

 何か分かったのかと近付いてきた刻にも、三人は二匹の話した内容と、オリバーについての情報を伝えた。


「鈴の音か──俺には全く聞こえなかったな」

「耳が遠くなったんだろ」

「貴様のやかましい声はよく聞こえる」

「ふ、二人とも……あの、あんまり喧嘩するのは……」


 言い合うグレンと刻に、日野が狼狽えた。


「喧嘩ではない、心配するな」

「あ、そうなんだ。それなら良いんだけど」

「しかし、二匹が同じ鈴の音を聞いたとはいえ、ローズマリーとルビーに関係があるかどうか分からない。奴が女好きなら、次の街で女たちに話を聞いたほうが早そうだな」

「やっぱり、一人で行くの?」

「当たり前だ。貴様らに期待はしていない。俺は一人で探す」


 持っていた傘をばさりと閉じると、刻はそれを日野へ手渡した。そして、黒い馬の手綱を引いて近くへ寄せると、その背中に乗った。


憧子(しょうこ)

「あ、はい!」

「気をつけろ。貴様が思っている以上に体に受けるダメージは大きい。すぐに回復するとはいえ、それに限界があるかどうかは俺にもわからない。せいぜい死なないようにすることだな」


 そう言って、雨の中を去っていった。

 もしかしたら、彼は素直じゃないだけで、本当はすごく優しいのかもしれない。

 ハルの前でそれを口に出すことは躊躇われたので、日野は心の中でそう呟いた。

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