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百六 泥だらけ

 雨が降り続く森の中を日野たちは歩いていた。ローズマリーやルビーの匂いが残っていないものかと探してみるが、日野の嗅覚でも跡を追うことは出来なかった。

 そして今は、アルが鈴の音を聞いたという場所まで向かっている。今日は傘を持っているため、ハルとは手を繋いでいない。

 日野はぬかるんだ道を歩きながら、オリバーと戦った時のことを思い出した。

 今にも引き裂かれそうなグレンたちを守るためにオリバーを蹴り飛ばした左足には、骨が折れたのかと思うような痛みが走った。しかし、それはすぐ嘘のように消えた。

 これが、刻の感じている痛み……彼は武器を持たない。使おうと思えばオリバーのように武器を持つこともできるはずなのに、どうして彼は痛みに耐え続けてきたのだろう。

 グレンは何か知っているだろうか……そう思い、前を歩く彼の背中を見た時、ふと疑問が浮かんだ。どうしてグレンは、刻を止めようとしているのだろうか。

 ハルは殺されたアルバートや両親の仇を討つため。ザック先生は昔からの知り合いのようだった。しかしグレンは……彼の過去については聞いたことがなかった。

 私の過去も話していないからお互い様ではあるのだが、一体なにが目的でグレンは旅をしてまで刻を追っているのだろうか。

 ローズマリーとルビーの安否も気になるが、その他にも気になることが多い。こういう時は、考え込んでしまいがちな自分の性格を恨めしく思う。

 答えの出ないことをいくら考えても仕方がないと、気持ちを切り替えるように日野は深呼吸をした。すると遠くに、本の気配を感じた。薄っすらと刻の匂いもする。近付いてきているようだ。


「グレン、ハル」

「どうした?」

「刻が近付いてくる。本も一緒に」


 そう言うと、グレンとハルは立ち止まって辺りを見回す。すると遠くから、徐々に馬の走る音が近付いてきた。こちらへ向かって走る黒い馬には、白髪の人間が乗っている。やはり刻だ。


「おい、お前! どうして戻ってきた? 何か手がかりがあったのか?」


 グレンが大きな声でそう叫んだと同時に、ぐいぐいとスカートを引かれ、日野は視線を落とした。


「ショウちゃん、傘を前に出して。僕は下を、ショウちゃんは上を」


 ハルはそう言って日野の横にピッタリとくっついた。突然どうしたのだろうかと思いながらも、日野はハルに言われた通り、体を隠すように傘を前に出した。その時、

 ──バシャッ

 目の前に来た黒い馬が、水たまりを踏みつけながら通り過ぎた。そして、その衝撃で勢いよく跳ねた泥水が、日野たち目掛けて飛んできたのだ。

 ハルは傘をブンブンと振って泥水を落とすと、差し直して日野を見上げた。


「ふう、危なかった。ショウちゃん、汚れてない?」

「う、うん。ありがとう。私は大丈夫だけど……」


 同じように傘を差し直して、日野が苦笑する。その視線の先には、全身に泥水を浴び、顔を引きつらせているグレンがいた。


「あの……グレン、大丈夫?」


 遠慮がちに日野が問いかけるが、グレンはわなわなと怒りに震えながら傘のハンドルを握り締めていた。

 止まりきれず少し先まで走ってしまったようで、黒い馬はくるりと振り返り、刻も馬から降りてこちらに向かってきた。


「貴様ら、こんなところで何をしている」

「……こんなところで何をしているだあ? ふざけんな、この白髪頭! お前のせいで泥だらけじゃねぇか。馬もまともに乗りこなせねぇのか!」

「なぜ怒る? 貴様が泥にまみれたのは俺のせいではない。緑の片割れと女はちゃんと傘で防いでいたぞ。その怒りは自分自身へ向けるべきだ」


 今にも喧嘩になりそうな二人に慌てながら、日野が悪びれる様子のない刻に視線を向けると、彼も全身泥だらけだった。雨でところどころ流れてはいるようだが、顔もかなり汚れていた。一体なにがあったのだろうか。

 すると、睨み合う二人の止め方が分からずにオロオロとしている日野を他所に、ハルが口を開いた。


「喧嘩したらショウちゃんが困っちゃうでしょ! それに、泥だらけなのは二人とも同じなんだからそんなに怒らないで。お揃いになってよかったじゃない」


 雨の音に混ざって聞こえてきた「お揃い」という言葉に、グレンと刻は眉間に深い皺を寄せてハルを睨んだ。


「ハル、不愉快だ。取り消せ」

「お揃いではない。偶然二人とも同じ状態というだけだ」

「どっちでもいいよ。ねえ、ショウちゃん」


 傘をくるくると回しながら、ハルは日野を見上げた。泥だらけの男二人はまだこちらを睨んでいる。日野は苦笑しながら、そうだね、と答えると、ふと思い出したようにグレンに駆け寄った。

 ポケットからハンカチを取り出すと、グレンの顔についた泥水を拭う。突然の日野の行動に驚いたグレンが戸惑いながら頬を染めると、それに気付いた日野もハッとして顔を赤らめた。


「……あ、ごめんなさい。つい」

「いや、こっちこそ悪かったな。ありがとう」


 ぎこちない二人の様子に、刻の眉間の皺がさらに深くなった。


 不愉快なのはこちらの方だ。こんなところまで戻ってきて、俺は一体何を見せられているんだ。緑の片割れも顔は笑っているが、こちらを見る目は敵意に満ちている。

 どうしてここへ連れてきたのだと、刻は問いかけるように黒い馬を見た。貴様は一体何のためにここへ来たのだ。協力しろとでも言いたいのか?

 すると、黒い馬はゆっくりとハルへ近づいていった。そして、その肩に乗っているアルに鼻を近付けた。

 一体、何がしたいというのだ。刻は黒い馬の行動が理解出来ず、小さなため息を吐いて、また眉間の皺を深くした。

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