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百四 地下

 ──チリン

 雨音と混ざり合うように、森の中に鈴の音が響いた。黒い馬が走り出したのとは逆の方向へ、その音は移動していく。

 しばらくすると、ある街にたどり着いた。なんの変哲もない普通の街だ。辺りを歩く人々が鈴の音に気付く様子はない。

 大きな通りを抜け、木々に囲まれた街の外れまで来ると、ぽつんと寂しそうに佇む煙突のついた家が見えた。鍵のかかっていない扉が少し開いている。その隙間を通り抜けると、家の中には赤い血液が飛び散り、家主らしき男の死体が転がっていた。鈴の音は何かを探すように、近くにあった階段から下へと降りていく。

 薄暗い地下には、手枷をつけられた二人の女が気を失って倒れていた。一人はまだ子供のようだ。手枷から伸びる鎖は壁と繋がっている。あれを切断でもしない限り、彼女たちはここから出られないだろう。

 そして二人から少し離れたところには、フードを深く被った男がいた。酒を飲みながら、暖炉の前で硬い床にあぐらをかいて、破れた服を直している。


「オマエ、どこに行ってたの?」


 視線は手元の針を見つめたまま、チクチクと縫い続けながら男がそう言った。すると、鈴の音を鳴らしながら、一匹の猫が姿を現した。首には紫色のリボンが巻かれていて、その真ん中には銀色の鈴がついていた。釣り上がった大きな目は鈴と同じ銀色。すらっとした体は黒く柔らかな毛に覆われ、たまにピクピクと動く耳が可愛らしかった。


『嫌な予感がしたから見回りにね。あの子たちのこと探してる奴らがいるみたいだよ』


 そう言って、黒猫は倒れている二人へ視線を移した。

 繕いを続ける彼が女と遊び歩くことは日常茶飯事だが、他人の家を奪ってまで連れ込むことは初めてだった。それに彼女たちの、いかにも女の子だというようなこの格好は……。


『どうして連れてきたの?』

「欲しかったから。それじゃ、ダメ?」

『……オリバー、お酒はほどほどにね』


 顔を赤らめているのは酔っているせいだろう。にこりと微笑みながら首を傾げたオリバーに黒猫は深い溜め息を吐いた。

 すると、オリバーは服を直していた手を止めて針をしまい、膝をポンポンと叩いた。


「ノワール」


 呼ばれた猫は再び溜め息を吐きながら近付くと、膝の上にピョンと飛び乗った。すると、酒のせいで機嫌が良くなっているのか、オリバーは赤い顔でニコニコと笑っていた。


「ねえ、何があったか聞きたい?」

『……喋りたいんでしょ? どうぞ』


 呆れたようにそう言って、ノワールはオリバーの膝に顎を乗せて寛ぎはじめた。聞いているよというように、耳をピクピクと動かしたノワールに、オリバーは嬉しそうに笑って、起こった出来事を話しはじめた。




 欲しかったのは、この世界を全て破壊できるような力だった。過去も、未来も、自分を知る人間も、自分を知らない人間も、記憶の詰まったこの世界を全て壊してしまいたかった。欲しいと思っていたのは、本当に破壊の力だけだった。

 そして、噂に聞いた殺人鬼を調べていくうちに、青い本が力に関係していることと、黒髪の女も同じ力を持っていることに気が付いた。

 しかし、黒髪の女は刻より力が劣る。本を所持しているのも刻であったため、狙いは彼に定めた。

 彼が力を消耗した時を狙って、本を奪い取った。上手くいった。そこまでは上手くいった。だが──


「普通であることの方が遥かに幸せだろう」


 その言葉に、身体中から怒りが湧き上がった。オレが普通に生きてきたと思われていることにも、自分が普通ではないように話す刻にも腹が立った。

 それならなぜ、普通であるオレは誰からも愛されず、普通じゃないアイツは愛されているんだ?

 あの子の目は恋をしていた。大量の人間を殺し、街を破壊し、殺人鬼だと恐れられている男だというのに。アイツを見るあの子の目は愛に溢れていた。

 その隣にいる子供も、馬も、アイツを信頼しているとでもいうような優しい目をしていた。


 ──欲しい


 そう思った。普通じゃないくせに、何でも持っているアイツから奪ってやろうと思った。だから、アイツに逃げられた後、すぐに計画を立てた。


 この家の家主はあらかじめ殺しておいた。家を奪ったのは、ローズマリーは簡単には落とせないと思ったからだ。そういう時は、どこかに拘束するのが一番。ずっと一緒にいればそのうちオレに慣れてくれるはずだ。

 そして、この街で数人の女を捕まえて地下室に閉じ込めた。人が消えたことで当然街は騒ぎになった。

 だから手紙を出した。女を愛している男たちに宛てて、返して欲しければ、騒ぎに乗じてローズマリーとルビーを捕まえろと。彼女たちの居場所と特徴もそこに書き記した。

 オレが街を破壊しているうちに、彼らは真面目に働いて、計画の成功を知らせてくれた。とてもいい子たちだった。

 ローズマリーとルビーを彼らの女たちと交換し、街の人間には「何もなかった」と伝えるようにお願いした。

 すると、怯えきった彼らは泣きながら逃げるように帰って行った。




『それで? これからこの世界を壊していくってわけ?』


 眠そうに閉じかけた目を瞬かせながら、ノワールは言った。


「うん。オレはこの世界を潰す。刻も殺す。みんな殺す。そしてローズマリーの心を手に入れて、一緒に死ぬ。いい計画でしょ?」

『いい計画かは分からないけど……僕は進む道がどれであっても、オリバーに付き合うよ』


 僕の役目が終わるまでね。そう言って、ノワールはあくびをしながら体を伸ばした。気を失っている彼女たちはまだ目を覚まさない。暖炉の炎に照らされた薄暗い地下室には、オリバーの話し声だけが静かに響いていた。

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