勇者燃ゆる
「きゃあああああああああああ。」
勇気ある女性の命が今、尽きた。
一加一行は今、山頂を目指して進んでいる。決して楽しい登山でも、厳しい修行でもない。その一行の先頭に立ち案内をするのは、一加と年がそう変わらない女性。彼女は戦士でも魔法使いでもない、ただの村人である。
一加一行は山頂に近づくごとに強まる気配から激闘を予感していた。対峙するのは上位八種の生物に連なるドラゴン。
一加一行が立ち寄った村は2日前、ドラゴンが現れた。
大の大人を片手で掴める体格、するどい爪と牙を携え、先の硬化した尾をもつ青色のドラゴン。なにより目立つのは背にある四枚の翼。この翼をみて天使と思った村人もいた。
そのドラゴンは
「3日後にそこの娘の身を清めて東の山頂へ連れてこい。余計なことをしなければ村への被害はない。」
と脅してきた。
指定された娘は村長の孫娘。婚約者がおり、半年後には結婚式を行う予定だった。無論、婚約者は激昂し、その場でドラゴンに立ち向かうも、軽く振られた尾で弾き飛ばされ気絶した。このやりとりで村人はドラゴンとの実力差を感じ、要求を受け入れるしかなかった。
ドラゴンは立ち去る際、山頂よりすべて見ていることを告げた。それは月円王国や近隣のギルドへ救助を求めることを禁じると言っているも同然だった。
酪農と農業で成り立っているこの村にドラゴンと戦う力は皆無であり、皆困り果てていた。そんな中、指定された娘だけ、村を救う覚悟を決め、身を清めはじめていた。
そこへ天の助けといわんばかりに勇者が現れた。
あらゆる経験を積み、力を高めるため世界を回る一加一行が偶然この村に訪れのだ。勇者の噂はこの村にも流れてはいたが、当初はただの冒険者と村人は思っていた。
だが村の異変に気付いた一加一行が、自分たちは月円王国の関係者と名乗り、説明を求めてきた。村長はすべてを話し、勇者助けを求めた。
対峙相手がドラゴンと聞き、ミニアドとエクバは悩んだ。身体特徴から西方に生息するドラゴンアジュラと思われ、知性のある種であること。月円王国の管轄範囲にドラゴンはおらず、戦闘経験がないこと。一加には山での戦闘経験がないこと。一加を含め、3人しかいないこと。魔王の影響でどれくらい力が増しているのか未知数であること。
これらの案件でミニアドとエクバは躊躇していた。しかし、このような状況を見捨てることができない。その考えだけで一加は了承した。
勇者の返答の村人は安堵したが、ミニアドは冷静に
「全力は尽くします。ただ、どのような結果がでるかは分かりません。それを忘れないでください。」
そう告げた。この言葉を真正面から受け止めたのは村長と孫娘、娘の両親だけだった。
期限である3日目の朝、一加一行と娘は村長に見送られる。
「イチカ様、村を孫をよろしくお願いします。」
「はい、頑張ります。」
「ドラゴンの戦いが始まったら、予定通りに王国への伝達をお願いします。」
「はい。ミニアド殿。」
戦闘中なら月円王国へ応援も呼べるだろうとミニアドの提案。万が一の失敗にも備えている。
「じゃあ行こう。イチカ、ミニアド。案内よろしくね、ネネラさん。」
「よろしくお願いします。イチカ様。ミニアド様。エクバ様。」
村長の孫娘、生贄の娘ネネラが頭を下げる。かくして4人は出発した。
「あのネネラさん。」
「はい、イチカ様。」
「あのー、そのイチカ様はちょっと。ご遠慮したいな。」
一加は胸の前で手をあわせ、指を回しながらネネラへお願いする。ちょっと前まで、ただの一般人であったこともあり、様付けには抵抗がある。だが周囲はそうはいかない。世界の行く末を握る勇者に対し、だれもが尊敬の意をもって彼女と接触する。月円王国でも同じであったが、ミニアドを通じ、様付けは公的行事以外ではなくしてもらっていた。
「そんな、無理です。イチカ様は勇者でありますし、立場的には月円王国の要職の方々と同一と聞いてます。」
この世界の人からしたら、ごく当たり前の姿勢を見せるネネラ。
「そうは言われても、そのー」
「あはは。出た出た。イチカの困った顔。」
このやりとりを何度もみてきたエクバは笑っている。ぶーっと頬を膨らませる一加。ネネラも2人のやりとりに困惑する。
「ネネラさん。イチカのいう通りにお願いできます?」
「ですが。」
「いいんだよ、ネネラさん。そうじゃないとイチカはずっとこんな顔だよ。こんな顔見てたら、こっちが困るよ。こんな状況だけどさ、笑顔は大事だよ。ほらほらこんな風に。」
一加の顔を両手でいじりながら、ニカっと笑うエクバ。顔をいじられながらも、うんうん。うなずく一加。
「わかりました。イチカさん。」
2人を見て初めて笑顔を見せたネネラ。昨日からっと真面目な表情をしていた彼女であった。
「お。いい表情だね。これは婚約者も幸せ者だ。」
エクバはネネラの顔を右手でクイっともちあげ、笑顔を見定める。裏の剣としての顔を見せるエクバ。
「あの、エクバさん。あ。」
笑顔が強張るネネラ。エクバの頭にミニアドの杖が叩き付けられる。
「はい。ここまで。」
「なにも杖で叩きつけることはないでしょ。せいぜいポンって音でしょ。どう聞いてもガツンだよ。」
「あら、残念。パン!っとさせたかったのに。」
手をパッと広げたミニアド。
「私を首なし死体にするつもりか。」
「ええ。」
「笑顔で答えることか。」
「笑顔は大事なんでしょ?」
「あははは。」
「あ、イチカまで。ひどいぞ。」
「ふふ。」
3人のやりとりを見て、ネネラも笑った。
「半年後に結婚かあ。」
気たてがいい彼女に求婚を求める男性は複数おり、中には戦士として名をあげる、大金を稼いで迎えにくると村を出る者もいた。だが彼女は村に残るよと言った牛飼いの幼馴染を選んだ。その牛飼いがほかの男性に妬まれたのは言うまでもない。
「すいません。みなさんが世界のために戦っているのに。」
「私達が戦っているからこそだよ。平穏な日常を送る人も必要。」
「そうね。」
エクバとミニアドが振り返り、羨望のまなざしで村を見る。自分たちにそのような機会が訪れるのか、それは誰にも分らない。
「イチカは彼氏。ネネラさんは婚約者。いいなあああああ。この胸か。この胸に男は引き寄せられるのか。」
「キャ」
空気を変えるようにエクバは一加の胸をはじきあげる。
「イチカさんには彼氏がいるんですか。」
「ええ。」
一加は恥ずかしそうにうなずく。
「どんな方なんです?」
「えーっと。」
「あれ、見せてあげなよ。」
イチカはスマホを取り出して、彼氏百次の画像を見せる。充電もままならないと思われた世界だが、魔法でなんとかなっており、百次や家族の画像は一加の支えとなっている。見たこともない道具に戸惑いながらネネラは画像を見る。眠っている百次の画像だった。
「この方が。・・・・・付いてこられなかったんですか?」
ネネラはイチカに尋ねる。勇者の存在は知られていても、異世界から来たことなど詳細までは知られていない。
「・・・・ええ。色々あってね。」
「そうなんだよ。故郷で待ってるんだよ。この胸を。」
「きゃ。もー。」
話題を変えるため、エクバはまたイチカの胸をはじきあげる。
「とお話はここまでね。」
ミニアドが歩みを止める。エクバも一加も表情が変わる。
「えっとみなさん?」
「ん。ドラゴンの気配が急激に強まった。」
「まだ1合先なのにここまでなんて。」
一加の顔には怯えが見える。上位八種のことは聞いていたが、まだまだ戦うのは先になると思っていた。
「さすがにドラゴンアジュラってとこかしら。」
ミニアドは冷静にしているが冷や汗が見える。
「そうだね。でも私たちは魔王を倒すんだから、ここでビビッてるわけにはいかないよ。待っている人もいるんだし。」
エクバは空気を変えるため、一加の胸をはじきあげる。
「うん。」
一加は決意を見せる。
「ネネラさん。これを」
ミニアドは輝く石をネネラに手渡す。
「これは?」
「防壁をつくる魔法を込めた魔石。戦いになったら、常にあなたを守れる保証はありません。状況によってはこれを目前に投げて身を守ってください。」
「・・・・・わかりました。」
「では行きましょう。」
4人は歩き始める。